重力波
アインシュタインが
その存在を予言してから1世紀が過ぎても、
誰も観測に成功していない「重力波」。(取材当時)
宇宙の起源を知る手がかりとしても注目される、
重力波の検出を目指す大型プロジェクトが佳境を迎えている。
宗宮健太郎 准教授
大学院理工学研究科
基礎物理学専攻(取材当時)
1999年、東京大学工学部物理工学科卒業。2004年、東京大学新領域創成科学研究科物質系博士課程修了。ドイツのマックスプランク研究所、米国カリフォルニア工科大学、早稲田大学などでの勤務を経て、2011年より東京工業大学大学院理工学研究科理学研究流動機構准教授。2014年より現職。
重力波検出器「KAGRA」
アインシュタインが1915年に発表した一般相対性理論は、物理学の世界に革命的な変化をもたらした。この理論では様々な物理現象が予言されているが、そのうち唯一、100年経った今でも誰も観測に成功していないのが重力波だ。
質量をもつ物体はすべて時空のゆがみを引き起こす、というのが一般相対性理論の考えだ。そして物体が運動すればゆがみも運動し、その運動が波となって伝わる。重力波とはこの波のことを指す。
数億光年離れた宇宙空間で、超新星の爆発や中性子星※連星の合体などが起こると、重力波は地球にまで届く。大学院理工学研究科基礎物理学専攻の宗宮研究室では、それを観測すべく、大型重力波検出器「KAGRA(かぐら)」の研究開発に参加している。
宗宮健太郎准教授は言う。
「重力波は一般相対性理論が予言したもののなかでもっともダイナミックな現象で、その存在を唯一証明されていないものです。重力波は物体を貫通する性質があり、100億年前に放出された重力波が現在も減衰することなく存在していると言われています。この性質を利用すると、電磁波などほかの観測手段では見ることのできなかった場所、例えば中性子星の内部や密度の濃い初期宇宙の姿も知ることができる。重力波は、天文学の新しい道を開く手段にもなるわけです」
- ※
- 超新星爆発を起こした質量の大きな星の核が残ったもので、大きさは10km程度と小さいが重さは太陽と同程度と非常に密度が高い。
最先端技術で“3つの雑音”を抑える
世界の物理学者が注目する重力波。その初検出を目指すKAGRAの建造は、日本の有力大学による共同大型プロジェクトだ。
「KAGRAは光が持つ干渉※という性質を利用した干渉計型の重力波検出器です。全長3kmに及ぶ真空トンネルの中で、レーザー光を何度も往復させて観測を行います。具体的には、まずレーザー光を出射し、途中で半透明鏡に当てて直進する光と垂直方向に反射する光の2つに分離。そして各方向とも同じ距離のところに反射鏡を置き、レーザー光が返ってくる時間の差を調べます(図参照)。すると、どちらの方向がどれだけ伸縮しているかわかりますから、その違いを見ることで重力波による空間のゆがみを検出できるのです」
ただしそのゆがみは、「地球と太陽の間の距離が、水素原子1個分のさらに1/100変化する程度」という非常に小さなもの。そこでKAGRAには、微少な変化を誤差なく測るため、地面振動、熱雑音、量子雑音という3大雑音を可能な限り抑える工夫が多数盛り込まれている。
そのひとつが、岐阜県の神岡鉱山内部という“地中”への検出器の設置。この方法は世界でも例がなく、地面振動を抑える上で大きな効果がある。熱雑音に対しては、熱伝導率が高く、熱ゆらぎが少ないサファイアで反射鏡をつくり、マイナス253度まで冷やすことによって分子の振動を抑えるという方法で雑音を防いでいる。この施策も世界初の試みだ。そして量子雑音については、量子非破壊計測という最先端技術を搭載することにより、量子論が要請する、自由質点の位置測定の限界を超えることを目指している。
- ※
- 複数の波を重ね合わせることで新しい波形ができる。
KAGRAの干渉計型検出器
緻密な実験を重ね大型プロジェクトに貢献
KAGRAには、最高の精度を実現するため、各分野の最先端技術が導入されている。宗宮准教授は研究の中心メンバーのひとりとして、検出器の設計を担当。レーザー光源、反射鏡といった構成パーツのうちひとつでも精度が下がれば、それが足を引っ張って全体の精度も落ちてしまうため、各機能・技術のバランスを見ながら整合性を取っていく。全体設計は非常に重要な役割だ。
宗宮研究室では、さらに光学系パーツの技術研究、取得データの解析、将来を見据えた先端技術の開発なども行っている。
「アウトプットモードクリーナー」「信号増幅器」「光アイソレーター」といったパーツの開発では、実際の装置を縮小したプロトタイプをつくって検証を重ね、KAGRAに搭載するために最適化を行う。例えば出射されたレーザー光が光源に戻るのを防ぐ光アイソレーターの場合、KAGRA用のものは一般的なものとは異なり、テスト時のローパワーから実際の測定に必要なハイパワーまでの広いレンジで、透過する光の性能を変えないようにしなければならない。実験で試行錯誤を繰り返し、最適なバランスを探り当て、日本を代表するプロジェクトに提供するのだ。
Interview 01
- 研究機器がKAGRAに搭載
- 重力波信号をともなって干渉計から出るレーザー光を、検出器の直前で観測しやすい状態にする「アウトプットモードクリーナー」を研究しており、実機はKAGRAに搭載予定です。
- 宇宙研究の新分野を拓く
- 重力波の検出が、重力波天文学という新分野につながるというスケールの大きさに憧れます。学部4年生のときから海外で発表するなど、多くの機会を与えてもらえるのもありがたいですね。
矢野 和城(やの・かずしろ)
大学院理工学研究科基礎物理学専攻 修士2年(取材当時)
一方、データ解析では取得データの波形を理論波形と照らし合わせながら、雑音なのか重力波なのかを見分けていく。一定の周期をもった雑音であれば判断はつきやすいが、不定期な雑音と本物の重力波を区別するのは至難の業だ。
「重力波という存在することが不明なものを認めることになるわけですから、学界も初検出の認定には慎重です。ですからダミーの重力波を出して、各国で重力波検出に取り組む研究者がそれを偽物だと見分けられるかといったテストまで行っている。ただ、重力波検出器の開発は大がかりなだけに、各国で国を挙げて1カ所で行っているところがほとんどで、最多でも米国の2カ所です。超新星爆発や中性子星連星の合体ではニュートリノやガンマ線も同時に発生しますから、それらが一緒に観測できればひとつの重力波検出器のデータだけで初検出と認められるのも不可能ではないでしょう。しかし、実際は難しい。そこで米国、イタリアなどほかの開発国と協力し、複数地点の観測で初検出につなげようという考え方が一般的です」
重力波の検出が新しい世界を開く
世界初の最新技術をいくつも搭載するKAGRA。そうした技術の数々を実装していくためには、地道な原理検証実験が欠かせない。そんな地道なプロセスのなかにも、面白い発見があり魅力的というのが宗宮准教授の考え方だ。
「子どもの頃から、何か新しい問題を見つけては解くという作業が好きでした。研究でも“日々、新しい課題を解決する”というプロセス自体が楽しい。また、国レベルの大規模研究に携わる喜びもあります。検出器の全体設計を行うために、これまで15年以上をかけて熱、レーザー、鏡、地面振動などの関連分野について学んできました。その分野に精通してくると、それだけ最先端の話題も理解できるようになります。各分野を代表するような世界レベルの第一人者と話をして問題解決のヒントをもらったり、アイデアを交換したりといった交流も本当に刺激的ですね」
「研究者の仕事は、新しいアイデアを出すこと」という宗宮准教授は、日頃から“考える”ことを大切にしている。
「アイデアは“考え続ける”ことで生まれます。僕の場合は、机の前にいるときより、飛行機や満員電車に乗っているときのほうがいいアイデアが浮かぶ(笑)。ただ、アイデアのままでは単なる思いつきですから、それをノートに式として書き付けるなど、実際に形にすることで、研究としての価値が出てきます。考えて、そのアイデアを形にして、さらに考えて...というサイクルを繰り返すことで思考が深まります」
Interview 02
- 100年間未達成の課題に挑戦
- レーザー光に含まれる重力波信号を増やして、雑音に負けないようにするための「信号増幅器」を開発しています。100年間達成されていなかった課題に挑むやりがいを感じます。
- 緻密な実験を通して大規模プロジェクトへ
- 昨年は現場でKAGRAの建設作業にもかかわりました。大規模プロジェクトに携わることができるのは魅力的で、外国人研究者との交流もいい刺激になりました。
片岡 優(かたおか・ゆう)
大学院理工学研究科基礎物理学専攻 修士1年(取材当時)
幼い頃からドラえもんが大好きで、なかでもタイムマシンが一番のお気に入り。タイムマシンの開発には重力波が深くかかわっているということを知ったのも、重力波に惹かれた一因だ。
重力波の検出は、新しい視点で宇宙を見る「重力波天文学」の誕生につながる。超新星爆発の様子がわかれば銀河の成り立ちが明らかになり、中性子星の内部が見えれば核物理の研究も進むだろう。高校時代、新発見を通して社会の役に立つことを志し理系を目指した宗宮准教授は、いまや分野を超えた注目トピックとなった重力波の検出を通じ、物理学の世界を大きく変えようとしている。KAGRAは2017年に完成予定。人類が100年にわたって続けてきた努力が実を結ぶ日はもうそこまで迫っている。
(2015年取材)