建築デザイン 東工大DNA
大岡山駅を降りて、東工大キャンパスを臨むと、東工大蔵前会館と百年記念館が目に飛び込んできます。いずれも東工大で教鞭を執っていた建築家の設計です。多くの著名な建築家が東工大の教壇に立ってきました。建築デザインを教える教員が「研究者であり、建築家である」というのは、現在も変わらない、東工大の伝統といってよいでしょう。今回は、現役建築家である塚本由晴准教授、安田幸一教授、奥山信一教授の3人に話を聞くべく、彼らの研究室を訪れました。
開かれた「場」がある
研究室では、学生一人ひとりにそれぞれデスクやスペースが与えられています。まるで設計事務所のようです。研究室は外部に対してオープンで、一般の人々の出入りもあります。学生たちは自分が担当するプロジェクトで、企業の担当者などと直接交渉を重ねることもあるようです。また、アメリカ、フランス、ドイツ、イギリス、オランダなど世界各国からの留学生も多く在籍しています。彼らは、めまぐるしく変化を遂げる「東京」で、東工大の教授たちの発する「建築デザイン」を学びたいと集まってきているのです。
海外への留学、海外との交流
逆に、海外へ留学する東工大生も多いです。修士以上の学生であれば、そのほとんどが留学を経験しています。提携大学も多く、留学先はアメリカ、ヨーロッパ、アジアと多様です。海外の大学との国際交流も意欲的に行われていて、2003年からは中国・上海の同済大学とジョイントワークショップを毎年開催しています。このワークショップでは東工大院生10数名が約2週間中国・上海に滞在し、同済大生とチームを組んで、ひとつのプロジェクトに取り組みます。課題に取り上げる都市を実際に見学、議論を重ねて計画を立案し、設計模型などを製作、最後はプレゼンテーションを行います。学生同士のディスカッションも教員のサジェスチョンも、言語はすべて英語。帰国後、その内容を冊子にまとめるのも学生自身です。このワークショップを担当する奥山信一教授は「行く前は頼りなかった学生も、帰ってくると顔つきが変わってきます。発言にも責任感が出てくる」と教えてくれました。
学生と教員の家族的なかかわり
研究室にはアットホームな空気が漂っています。建築デザインに正解はありません。建築家である教授たちは、学生と共によりよい方向性を一緒になって模索しています。だからこそある種の同志のような、そして家族的なあたたかい関係性が成り立つのかもしれません。
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生活しながら学ぶ、
刺激的な留学好きな建築家がいたことに加え、研究室の先輩からの薦めもあって留学先を決めました。個性豊かな建築家たちが、それぞれの考えのもと、設計課題を出していくスタジオが充実していて、とても刺激的でした。現地の生活スタイルを実際に体感できたのは、いちばんの収穫です。
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新しい視点を持つ
きっかけ交換留学生として1年間在学した後、ヘルシンキの建築事務所で8カ月インターンシップをしました。昔から好きだった北欧の持つ雰囲気。そこでの生活や、インターン先で上司と取り組んだコンペの経験は、それまでの自分にはなかった視点を持つきっかけを与えてくれたと思います。
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街も、大学も、
積極的に楽しむ数多くの美術館やギャラリー、頻繁にある街をあげてのお祭り、マルシェ(市場)での買い物、パリは面白い街でした。ヨーロッパ各国へのアクセスもよく、各地への旅行も楽しみました。大学には建築系の授業はもちろん、写真や舞台美術など芸術系の授業もたくさんありましたよ。
東工大建築デザイン2つの特徴
教授たち3人に東工大建築デザインの特徴を聞くと、同じ答えが返ってきました。「『建築のあり方』とは何かという思想的側面を大切にすること」。そして「学生が実際の設計プロジェクトにかかわること」。この2つは東工大建築デザインのDNAともいうべき特徴です。
「『建築のあり方』とか建築の『枠組み』といったものを坂本先生は常に考えていた」と塚本由晴准教授は、恩師である坂本一成氏の影響を語ります。その坂本氏は篠原一男氏の教え子。そして篠原氏は清家清氏に師事していました。いずれも東工大で学び、東工大で教えた、日本を代表する建築家です。師と弟子の関係において、「弟子が師を乗り越えていくのが、もっとも強い絆」とは奥山教授。坂本氏は奥山教授の恩師でもあります。
そしてこう続けます。「この2つの特徴を伝えること、強い絆をつなげていくことは使命だと思っています」。
建築デザインを言葉にする建築
思想的側面を重要視するため、論理的考察や表現、書くことにも力を入れています。論文などのアカデミック・ライティングはもちろんのこと、専門知識を持たない一般の人に対するアプローチにも取り組んでいます。年に1回発行される『ka』は、TIT建築設計研究会※の発行する機関誌です。設計課題やコンペ入選作品のレポートなど、毎号様々な記事が掲載されています。巻頭特集に何を取り上げるか、誰に取材するかなどの企画から、実際の取材・執筆まで学生たちが行っています。論文とは一味も二味も違った表現や議論の場となっているようです。
また、フィールドワーク、フィールドサーベイも活発です。塚本研究室の『BEHAVIOR AROUND WINDOWS』。この取り組みで学生たちは、世界中の窓の調査に繰り出しています(右写真)。
各地の気候、文化などから形づくられた窓。現地で、ヒアリング、採寸、撮影などを行い、データを集積します。それらを分析していくことで、その窓のあり方、宗教との関連性や、文化の伝播、地域・時代を超えた共通性を見いだし、言語化。本として集約しています。
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現地で突撃取材!
ジェスチャーで交渉も毎年、修士1年2~3人を中心に調査旅行に行って、帰ってきたら本の編集をするというやり方で、3年間続いています。現地では突然「窓を見せてください」と話しかけるので、大変です(笑)。英語が通じるところならいいのですが、そうでないところは、身振り手振りで交渉したり。でも、人との交流は調査の醍醐味です。
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世界の窓から
文化の流れを見る修士で窓の研究をしていたこともあって、この調査には最初からかかわっています。当初は手探りで、点々と調査していたのですが、世界の窓を調べるうちに、各地の文化的なつながりが見えはじめました。最近では文化の伝播が窓を通して見られるのではないかと、調査先についても意識的に考えています。
協働のなかで立ち位置を探す
東工大建築デザインの特徴に挙がった、学生のプロジェクト参加。教員が現役の建築家だからこそできる貴重な経験です。また東工大で教える建築家の多くは、清家氏以来、住宅を設計してきました。住宅は、何世代にもわたる住まい方への思考が必要とされます。住宅設計の場合、打ち合わせ回数が多く、大規模プロジェクトに比べ工事費が少なく、期間も短いです。これにかかわれた学生にとっては、大学に在籍する間で、施工までの流れを追えるというメリットもあります。
学生がプロジェクトに参加するという、学生と教員との協働は、学生にとって「先生の仕事をすぐ側で見ながら、自分独自の立ち位置を探す作業」と安田幸一教授。教授自身が、師であった篠原氏の仕事を見て、「自分だったらどうするか」を考え続けてきたのだといいます。「いつの時代も、この繰り返しです」。
未来を見据えたキャンパス計画
大岡山キャンパスとすずかけ台キャンパスでは大規模な施設整備が進められました。
大岡山キャンパス大岡山北地区には、塚本研究室が担当する環境エネルギーイノベーション棟が建設されました。石油代替エネルギーの開発に高い関心が寄せられるなか、おもに新エネルギー研究を主眼に置いた実験系の研究室が入る施設です。線路やほかの施設などが近接する建設地にあって、地上8階建ての大規模建物。騒音の問題への配慮も必要で、設計は非常に困難でした。さらに実験室の設備条件は非常に複雑。学生たちは入居者となる研究者たちと打ち合わせを重ねたり、実験スペースを広くとるために、建築構造が専門の教員と協議するなど、綿密な計画のもと進められていきました。
また、この施設は排気システムの見直しなどでの実験装置の省エネ化、壁面を覆った太陽光発電パネルや燃料電池の使用によって、通常の施設に比べCO2を約60%削減しています。塚本准教授は環境対策を重視した設計について「21世紀の今、自分が生きている間さえよければいいという建築デザインは終わっている」とその必然性を語りました。
大岡山地区の正門近くでは、安田教授設計の附属図書館が建設されました。
地上3階、地下2階建て。地下の2フロアが閲覧スペースで、地上1階には、事務室、会議室が設けられています。新図書館のシンボル的な存在となる三角形の建物内は、学習ゾーン。自習やグループ活動のためのスペースとなり、窓際にカウンター机が並べられる。眺めのよい、プライベートな空間が確保されています。
広がりゆく東工大建築デザイン
2011年には、大岡山キャンパス正門から、百年記念館と蔵前会館、新図書館が見えるようになりました。学生の取り組むキャンパス計画について「愛情を持っている人たちがつくるのがいちばん」と安田教授は話してくれました。2013年には、キャンパスの外、大岡山駅の隣の緑が丘駅が安田研究室によってリニューアルされました。キャンパスにみなぎった東工大の建築デザインが、キャンパスの枠を飛び越えて、広がりを見せています。
附属図書館の設計アシスタントを経験
新図書館の地下1階には、天井から光が差し込みます。三角形のトップライトから、光が漏れてくるのです。私はこの部分を担当させていただきました。研究室ではみんなで、「ここにどういう図書館が建つべきか?」ということからディスカッションし、模型をつくったり、図面を引いたりします。学部生の時は他大学にいたので、東工大では先生との距離が近いことに驚きました。実際の建築デザインに、先生と一緒に携われたのは、他では得られない貴重な経験となりました。
鷲見晴香
理工学研究科建築学専攻修士1年(取材当時)
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塚本由晴
東京工業大学大学院在学時から貝島桃代氏とアトリエ・ワンとして活動。主な作品に「アニ・ハウス」「ミニ・ハウス」。主な著書に『メイド・イン・トーキョー』など。1994年東工大大学院博士課程修了。1996年、博士(工学)。2000年から同大学大学院理工学研究科建築学専攻助教授。現准教授。(取材当時)
2003年
設計:塚本由晴研究室
+アトリエ・ワン東京都世田谷区奥沢にある住宅。水平窓の造りが特徴的で、軒下から採り込まれた外光が、銀色の内壁や天井に反射し、室内に光を満たす。
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安田幸一
1983年、東京工業大学大学院修士課程を修了し、(株)日建設計へ。その後2002年東工大大学院助教授。2006年、博士(学術)。2007年、大岡山キャンパス内の緑が丘1号館レトロフィットでグッドデザイン金賞を受賞。東工大大学院理工学研究科建築学専攻教授。(取材当時)
2002年
設計:日建設計
(担当:安田幸一)箱根・仙石原の国立公園内に建つ美術館。極力生態系を損なうことのないよう最新技術を採用している。2004年日本建築学会賞(作品)を受賞。
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奥山信一
1988年、東京工業大学大学院修士課程修了。1994年、博士(工学)。1996年より同大学大学院助教授。社会工学専攻を経て建築学専攻。2001年、奥山アトリエ設立。2002年から東工大大学院総合理工学研究科人間環境システム専攻助教授。現准教授。(取材当時)
2009年
設計:奥山信一研究室地上3階建て、モノコックボディの小さなオフィスビル。巣箱のようなファサードに、人々の無意識下にある建築への素朴なイメージが投影されている。
東工大のキャンパスには、名建築がいくつも存在しています。これらを巡れば、昭和初期から現代に至るまでのプチ建築史を体感できます。代表的な建築物をいくつか紹介していきます。
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70周年記念講堂
帝国劇場、東京国立博物館東洋館などの設計で知られる近代日本を代表する建築家・谷口吉郎氏による設計。谷口氏は30年以上東工大で教えていた。
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事務局1号館
設計は清家清氏。数多くの住宅設計で知られる日本の代表的な現代建築家。キャンパス内にはほかにもいくつか作品を残している。
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百年記念館
住宅を中心とする前衛的な建築デザインで有名な篠原一男氏の設計。木立の上に輝く金属質のシリンドリカル・サーフェスをイメージしたといわれる。
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すずかけホール
仙田満研究室・和田章研究室設計監修の多目的複合施設。ラウンジ、レストラン、多目的ホールなどがある。2002年竣工。仙田氏は東工大名誉教授。
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東工大蔵前会館
2009年竣工。設計は、坂本一成研究室+日建設計。プラザを中心とした分棟形式は、隣接する住宅街との連続を意識している。
(2009年取材)