地球解明大作戦
私たちは、地球のことをどれだけ知っているのだろうか。もっとも近い存在なはずなのに、まだ誰も全部を解明できていない。最新の科学から見えてくる地球の姿とは?
地球惑星を研究テーマとする3人の先生に話を聞いた。
いろいろな“地球”
どうやって地球を解明するかによって地球の見方もいろいろだ。
各先生が描いた地球は、どんな形をしているだろう。
現在と過去の地球内部の絵。
現在の地球はタマネギのような構造をしている。
原始地球は、表層とマントルの下にマグマの海がある。
廣瀬 敬
教授
2006年より東京工業大学地球惑星科学科教授。2007年、井上学術賞、日本IBM科学賞。2011年「マントル最深部の物質とダイナミクスに関する研究」で日本学士院賞受賞。
「グリーゼ581g」の想像図。
地球型惑星の1つで、いつも同じ面を中心星(恒星)に向けている。表面には海があり、生物がいる可能性があると考えられている
井田 茂
教授
1989年、東京大学大学院地球物理学専攻修了。2006年、東京工業大学地球惑星科学科教授。専門は惑星物理学。著書に『スーパーアース』(PHPサイエンス・ワールド新書)など多数。
地球初期の大気には、人間が住むことができない有害物質が多く含まれていた。
上野 雄一郎
准教授
グローバルエッジ研究院所属後、2011年より東京工業大学地球惑星科学科准教授に着任。研究分野は、安定同位体地球化学、原核生物進化、古大気化学。
地球ができるまで
今から46億年前、宇宙空間にあるガスが自らの重力によって集まって回転を始めた。それがガスとチリの円盤となり、原始太陽系が誕生した。
原始太陽のまわりのガスは、徐々に冷えていき、たくさんの小さなチリ(ダスト)ができ上がり、それが互いに衝突・合体をして直径数kmの微惑星が生まれた。その後も現在の地球があるあたりで、衝突と合体は繰り返され、その最終段階で火星と同じくらいの大きさをした原始惑星と衝突。そのエネルギーによって原始地球の表面温度は上昇し、マグマの海で覆われ、さらに衝突した原始惑星の核は底に沈んで地球の核と合体した。
そして、数億年かけて地表が冷え、雨が降り注ぎ海が形成され、大陸ができ、生物が誕生した。こうして徐々に現在の地球はでき上がっていったのである。
「内部」「大気・生物」「系外惑星」から
見えてくる新たな地球
ダイヤモンドでつくる地球内部の世界
地下6,000 km。そんな地球内部のことをどのような方法で研究するのか。実際に地面を掘ることができるのは、たったの深さ12 km。現代の技術では、地下を掘って直接観察するのは難しい。
廣瀬敬教授は「レーザー加熱式ダイヤモンドアンビルセル」という装置を使って試料を超高圧超高温状態にすることで、地球内部と同じ物質を再現し、研究している。「私たちの研究室では、地球中心部と同じ364万気圧、温度5,500度という高温高圧状態をつくり出すことに成功しました」。
この成功は世界初のこと。廣瀬教授の研究室なら、地球内部のどんな物質でも再現ができるのだ。
教授がこの技術を使って得た成果の1つに「ポストペロフスカイト」の発見がある。これは、今まで難しいとされてきた地下2,600~2,900km、120~135万気圧、温度2,200度という下部マントル最下層の再現に成功し、これまで考えられていなかった物質の存在を明らかにしたものである。
「ポストペロフスカイト相の存在がわかったことで、マントル内の対流運動が盛んに行われていたことが判明し、これまで想定されていたよりも地球が速く冷却していることがわかったのです」。
この発見は、地球内部のダイナミクスについて、通説とは異なった新たな事実を明らかにしたのだ。
さらに教授の研究は、現在の地球の解明だけにとどまらない。
「下部マントルのマグマの化学組成や密度の解明によって、マントル深部のマグマが、まわりの岩石より重いということがわかりました。このことは、はるか昔の原始地球のことに繋がってきます。これまで原始地球は、表層だけにマグマの海があったと考えられていましたが、マントルの下にもマグマの海が広がっていたと考えられます」。
廣瀬教授のこの発見は、地球の初期を解明する大きな一歩である。
「これまでは現在の地球の研究をしていましたが、これからは原始地球の内部のことも追究していきたいと考えています」。
廣瀬教授によって、原始地球から現在にいたる地球内部の進化の解明がさらに進むことが期待される。
地球惑星科学科では、自分が所属する研究室以外に、ほかの教授の研究にも触れられる機会がある。そのため学生同士の横のつながりも広がる。
生命の進化と地球環境の「共進」を探る
東工大には、原始地球をメインの研究対象としている先生がいる。上野雄一郎准教授だ。しかし准教授の研究は、原始地球の内部についてではない。環境と生物の関係性を追究し、地球の解明に取り組んでいる。
「地層の調査から、25億年前の地球は、今よりも気温が高かったことがわかっています。これまで原始地球には、今の100倍~1,000倍の二酸化炭素が存在し、その温室効果で地球が温暖だったと考えられていました。しかし25億年前の地球の大気には酸素がまったくない。酸素がないのに炭素が酸化したCO2が1番多かったというのは、矛盾している」。
そこで准教授が注目したのは、25億年前の地層に含まれていた硫黄だった。硫黄を解析することで、地球初期の大気中には硫化カルボニルという物質が現在の1万倍以上含まれていたことが明らかになったのである。
「硫化カルボニルは二酸化炭素の100倍以上の温室効果をもっているので、当時の地球が暖かかったこともこれなら説明がつきます」。
また上野准教授は、生物が地球環境に与える影響も大きいと言う。准教授は、約35億年前の地層に、メタン生成菌という微生物がつくりだしたメタンが含まれていることを発見した。
「メタン生成菌の活動があるとないとでは、当時の大気のメタン濃度は1,000倍くらい違います。メタンの温室効果は、CO2の10~50倍。メタン生成菌の活動は、原始地球にとって気候を左右するほど重要な要因だったと考えられます」。
生命が誕生して間もない頃から、生命の活動は地球の環境に影響を与えていたのだ。
また、過去に何度か全球凍結という凍りついた状態になったことがあったが、そこにも生物が影響していると准教授は言う。
日本列島は毎年縮んでいる?
実は、日本列島は太平洋プレートの動きによって、毎年少しずつ縮んでいる。そして、数百年サイクルで元に戻るということを繰り返す。日本列島は伸び縮みしているのだ。
「23億年前の全球凍結は、ちょうど大気の組成が大きく変わる節目に対応していることがわかってきました。そのころは、光合成を行う生物が現れ、どんどん酸素をつくり出していった時期。酸素が多くなると、温室効果ガスのメタンは、酸化してなくなってしまいます」。
つまり、メタンが限りなく減ったことによって気温が下がり、地球が凍ってしまったと考えられるのだ。
酸素をつくり出す生物が地球上に現れたことにより、酸素という新しい大気に耐えられなかった生物はいなくなった。そして、酸素に耐えうる生物が現れた。
「このように地球環境の変化と、生命の進化は連動しており、これを生命と地球の“共進化”と言います。地球とは、生物と地球がお互いに影響を及ぼしあっている惑星なのです」。
遠藤 美朗 さん
理学部 地球惑星科学科 4年(取材当時)
地球の謎を調べる
大気
反応容器の中に二酸化硫黄を入れ、紫外線をあてる実験をしています。原始地球の大気は二酸化硫黄を含むと想定されているので、これに太陽光があたると、どんな化学反応が起こるのかを再現した実験です。できたガスは、ガスクロマトグラフ質量分析計で詳しく分析します。
宇宙惑星の調査から見えてくる地球の成り立ち
地球の謎を解く鍵は、私たちが住んでいる地球そのものを研究する以外にも方法はある。それが系外惑星の研究だ。系外惑星とは、太陽系以外の惑星のこと。井田茂教授は、この新たに発見された系外惑星について研究を進めている。
「今まで太陽系しかなかったのが、系外惑星がいくつも見つかったことによってサンプルが増えました。系外惑星の発見は、太陽系形成の解明にもつながります」。
系外惑星には、太陽系では考えられないようなものが多々ある。恒星の近くを猛烈な速度で回る巨大ガス惑星や大きく歪んだ楕円軌道を描く巨大ガス惑星などである。
「今、新たに注目を集めているのは、岩石でできた地球型惑星です。最初は木星のような大きな惑星しか見つけられませんでしたが、観測精度が上がり、数年前から地球より少しサイズの大きい惑星が見つかるようになりました。しかも、地球と同じように表面に海があり得る温度の惑星もぞくぞく見つかっている。それらの惑星は『スーパーアース』と呼ばれて注目されています」。
宇宙惑星の大気成分が
分かるワケ
光が惑星の大気を通過するとき、大気に含まれる物質によって特有の光が吸収されるという現象が起こる。その光を分析すれば、観測だけで大気の成分を知ることができる。
「スーパーアース」が注目される理由のひとつは、そこに生物がいる可能性があるからである。
「生物を直接見ることはできないが、系外惑星の大気の成分は観測できます。たとえば、大気中に酸素があれば、その惑星に光合成生物がいることがわかる。そういう発見が5年後、10年後に実現するところまで来ています。系外惑星の研究には、そういった魅力的な題材がたくさんあります」。
系外惑星の成り立ちが解明できれば、それはきっと地球の解明につながる。
瀧 哲朗 さん
理工学研究科
地球惑星科学専攻 修士1年
(取材当時)
地球の謎を調べる
惑星
惑星系の形成について、チリのかたまりであるダストが、微惑星になる前に中心星に落下してしまうという未解決問題があり、それをコンピュータシミュレーションを駆使して研究しています。好きだった物理を活かして、自分たちの惑星の生誕の謎を解き明かせるところに、魅力を感じています。
系外惑星をとらえる天体望遠鏡。惑星が恒星の前を横切ると明るさが変わる。その変化を観測して調べている。
研究アプローチは違えど想いは1つ。
「すべてを解明したい。」
それぞれの研究の共有が地球解明への最短ルート
井田教授の研究室では、上野准教授とも共同研究を行っている。
「系外惑星の大気の組成を調べるときに、上野先生の研究は、非常に重要。大気の組成がわかると、その惑星の環境やどんな生物がいるかを知ることができるからです」。
系外惑星の秘めたる可能性
現在、確認されている系外惑星はなんと500個以上。系外惑星の発見は、地球以外で生命体が見つかる可能性を広げた。地球外生命体が発見される日は近い!
さらに、井田教授は東工大の特徴についてこう語る。
「東工大の地球惑星科学専攻は人数は少ないが、その分お互いの意思疎通がしやすい。最近では、廣瀬先生とも系外惑星の内部の性質についてよく議論をしています。研究者同士のコミュニケーションが取りやすいので、新しい発想も生まれやすい環境なんです」。
地球惑星科学の研究アプローチはさまざま。しかし、アプローチ方法が違っても、互いの研究成果が自らの研究につながっていく。今後さらにそれぞれの研究が進むことで、きっと新たな大発見が成し遂げられるであろう。東工大地球惑星科学は、これからも地球の解明に挑戦していく。
今田 沙織 さん
理工学研究科
地球惑星科学専攻 修士2年
(取材当時)
地球の謎を調べる
内部
私たちの研究室の特徴は、高圧高温状態のままX線を使って試料を解析できるところ。ダイヤモンドアンビルセルに試料をセットし、六角レンチでしめて高圧状態にしてから、レーザーで加熱をします。私のテーマは「マントル」。135万気圧、温度2,000度の世界を研究しています。
試料を高圧にするためのダイヤモンドアンビルセル(左)と加圧した試料を加熱するYLFレザー発振器(下)。
- 理学院 地球惑星科学系
- ダイヤモンドで地球の歴史を解明~地球内部から地球と生命誕生の謎に迫る~— 廣瀬敬|研究ストーリー
- 廣瀬研究室
- 井田研究室
- 上野研究室
- 研究者詳細情報(STAR Search) - 廣瀬敬 Kei Hirose
- 研究者詳細情報(STAR Search) - 井田茂 Shigeru Ida
- 研究者詳細情報(STAR Search) - 上野雄一郎 Yuichiro Ueno
(2011年取材)