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透明でやわらかな次世代のディスプレイを開発

応用セラミックス研究所 神谷利夫 教授

応用セラミックス研究所

神谷利夫 教授

  • 電子線リソグラフィ

    電子線を使って基板表面に回路を描く装置。半導体物質を蒸着させたプラスチックフィルムに塗料を塗り、超真空にした装置内で電子線をあてる。電子線があたった部分の塗料が溶け、塗られていなかった部分に半導体物質が残って数nmレベルのサイズの半導体回路ができあがる。

  • 装置はホコリを持ち込まないクリーンブース内に設置されている。電灯がすべて黄色なのは、白色蛍光灯だと半導体回路を作製する塗料が感光して回路作製に悪影響を与えるため。

電子機器の概念を変える半導体とは

みなさんは電子機器についてどんなイメージを持っているでしょうか。おそらく多くの人は「金属質」で「硬い」といったイメージを持っているのではないかと思います。しかし、これまでの電子機器の概念や姿を変える、透明でやわらかいディスプレイがうまれつつあります。さらに開発が進めば、プラスチックレンズに様々な情報を表示する眼鏡型のウェアラブルディスプレイや、折り畳み可能で、広げると動画も表示できる電子ポスターなども将来的に実用化されるでしょう。これらは、私達の視界と電子情報をじかに重ねることができる、次世代の機器なのです。それを可能にするのは、応用セラミックス研究所の神谷利夫教授らが開発した「透明アモルファス(規則正しい結晶構造を持たない)酸化物半導体」です。

電子機器の回路には、電気の通りやすさを自由に制御できる半導体が使われています。神谷教授らの研究グループは、2004年に薄いプラスチックフィルム上に、これまでよりもはるかに高性能な透明半導体回路を作成することに成功しました。現在、世界中でこの技術を用いてフレキシブル(折り曲げやすい)ディスプレイの開発が進められています。

これまで半導体の材料は、CPUなどに使われる高性能の単結晶シリコンや、広い面積の半導体も作れるアモルファスシリコンなどシリコンが主流でした。もちろんこれらは透明ではありません。一方、神谷教授の研究室が開発した「透明アモルファス酸化物半導体」の材料は、インジウム、ガリウムと亜鉛の酸化物です。

この透明アモルファス酸化物半導体は、従来の半導体とまったく異なる種類の半導体です。これまでの常識では、透明な物質は電気を通さないものでした。その代表はガラスです。ガラスの主成分は二酸化ケイ素、つまりケイ素の酸化物で、絶縁体の例として教科書にもよくとりあげられています。一方、電気を通す伝導体である金属は色をもち、光を反射します。これは金属には自由に動くことのできる電子があり、光が当たると電子が振動して光を反射するからです。これらの電子は金属に電気を通す担い手でもあり、透明な酸化物にはそのような電子がないため、電気を通しません。このように色と電気の通りやすさには関係があるのです。

常識を知ることで、常識をくつがえす

透明酸化物半導体はそんな常識をくつがえし、透明な物質でありながら、電気を通したのです。しかし半導体としては、単結晶シリコンと比べると高性能とは言えませんでした。半導体の性能の目安である電子の移動度※を比べてみると、単結晶シリコン半導体の移動度は1,500cm2/Vs。それに対し、透明酸化物半導体は10~20cm2/Vsしかありません。しかも、透明酸化物は加工しづらいという問題もありました。このため1995年の発表からしばらくの間、多くの研究者はあまり注目しませんでした。

神谷教授は透明酸化物の特性をいろいろな側面から捉えなおし、その結果開発されたのが「透明アモルファス酸化物半導体」です。アモルファスシリコンの場合、移動度は1cm2/Vs以下と単結晶シリコンの1/1000に落ちてしまいます。一方、酸化物半導体の場合、単結晶でもアモルファスでも移動度は10~20cm2/Vsとほとんど変わりません。これは、単結晶ではシリコンにかなわなくても、アモルファスではシリコンの10 倍以上の移動度をもっていることになります。しかも透明アモルファス酸化物半導体は、低温でもつくることができるため、熱に弱いプラスチックフィルム上でも作製が可能になりました。これらの特性を利用すれば透明フレキシブルディスプレイをつくれる可能性が高まります。「常識から外れたことをするには、まず常識を知らなければなりません」と神谷先生は語ります。意外なことに高校時代の神谷先生は、化学はあまり好きではなく、明快で少ない理論から成り立つ物理と数学が好きでした。数学の先生に勧められて、東工大の第2類(材料系)に進学した後も、必ずしも現在の研究に一直線に進んできたわけではありません。

発見を導く、しなやかな視点

「僕は流されてばっかりなんですよ。悩んだり、こだわったりしないので」と語る神谷先生。しかしそこに今回の発見の糸口がありました。仮説と違う実験結果が出た時に、仮説にこだわらず、"失敗や理解できない結果にこそ新しい発見がある"という視点で実験結果を捉えたのです。今ある結果を色々な角度から捉えなおし、他にはない良い点を見出す。透明アモルファス酸化物半導体の活用も、神谷先生のこのしなやかで、ちょっと他の人とは異なった視点から生まれたと言えるでしょう。

※電子移動度...電子の動きやすさを表す指標。移動度が高いと伝達スピードが上がり、処理能力が増す。

神谷利夫

Profile

教授 神谷利夫

  • 1996年、東京工業大学博士(工学)取得。2010年、応用セラミックス研究所教授。
  • 専門分野は無機材料科学、半導体物性、半導体デバイス、計算材料学。

(2011年取材)

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