イマを創る、先輩がいる — 横田睦さん
分野の壁を超えて、自分らしい研究を
全日本墓園協会 主任研究員
日本環境斎苑協会 常任理事
横田 睦
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建築学専攻ではカリキュラムが進むと「自由課題」が出されます。そこで選んだのが、墓地。普通の建築物なら資料(既往作品)集成がありますが、墓地 はなぜか見当たりません。「誰もが使う施設なのに...」。この疑問から、お墓研究が始まりました。
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何事も、実際に目で見ることが何より重要。学生時代には都内すべての納骨堂を回り、調査データにまとめたことも。そのときのデータを納骨堂の運営会社が評価してくれ、新たな研究を支援してくれるなどチャンスが広がりました。
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これまで多くの本を書いてきましたが、自分の仕事がこうして形に残ることで、人にも自分が何をしている人間なのか伝えやすくなります。特に新書はある種の“手軽さ”がありますので、様々な方との交流の場で活躍しています。
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昔は夜中に仕事が行き詰まると、町田の自宅から御殿場にある大霊園まで車を飛ばしていました。別に霊園に行きたいわけではないのですが(笑)、目的地にちょうどいい距離感で。けれど、今でも近所の墓地によく散歩に行くので、やっぱり霊園が好きなのかもしれません。
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東工大に入るなり、「“勉強”は“研究”ではない」と指摘され、まさにカルチャーショック。厳しい研究室でしたが、あの3年間の踏ん張りがあって今の自分がある。恩師には感謝しきれません。
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TPPでサービス業の市場開放が進めば、海外の葬儀会社が日本に進出することも十分考えられます。今後の新しい挑戦としては、ぜひグローバル化に取り組んでいきたいですね。まずは苦手な英語の克服からですが…(笑)
- よこた・むつみ
- 1993年
- 東京工業大学 大学院理工学研究科 建築学専攻 博士後期課程 入学
- 1995年
- 墓地関連のコンサルタント組織を設立
- 1997年
- 全日本墓園協会 主任研究員就任
- 2001年
- 日本環境斎苑協会 常任理事就任
「お墓」という一風変わったテーマを学生時代から研究し続けている「お墓博士」こと、横田睦さん。業界向けのコンサルティングからテレビ出演、本の執筆など、幅広く活躍されています。これまでの歩みと、研究や仕事において大切にされている「作法」についてお聞きしました。
「お墓博士」なんて呼ばれていますが、普段は公益社団法人全日本墓園協会の主任研究員として、墓地の計画や管理・運営に関する研究を行っています。新たに墓地を計画する際のコンサルティングや指導に携わることも多いです。「お墓」にまつわる慣例や法律は昔から変わっていないように思われがちですが、制度改革や社会情勢の波を受けることも多く、実はなかなか大変な世界なんですよ。
そんな私が工学博士だというと、不思議に感じる方がいるかもしれません。お墓や葬儀関連のテーマは、人文系の視点で語られることがほとんど。工学的なアプローチでお墓を研究し始めたのは、私が初めてだったのではないでしょうか。大学時代から研究を始め、ずいぶん“変わり者”扱いをされました。でも、それは「お墓」というテーマのためなのか、あるいはそうしたテーマを選んだ私自身のキャラクターのせいなのか、どちらなんでしょう(笑)。
みんなの知らないことを、探して、伝えたい。
理系の視点からお墓を研究する…誰もやってこなかった分野ですから、もちろん先行研究もありません。国立国会図書館やほかのあらゆる図書館で関連資料を探したり、関係者から直接話を聞いたり。霊園や納骨堂でのフィールドワークもたくさん行いました。
分野を超えた研究は大変でしたが、逆に楽しさもありました。例えば建築計画学から霊園を考えると、訪問者のピーク時間帯や滞在時間、属性を調べることは基本。でも、人文系の研究ではそういったフィールドワークはまず行いませんから、データがとても珍しがられるんです。相手がよく知らない分野の知識や視点をもって、議論や情報の交換ができることは研究の醍醐味ですね。
研究の難しさよりも苦労したのは、周囲に理解されなかったこと。大学の卒論では当時の担当教授から「お墓の研究をどう指導したらよいかわからない」と言われました(苦笑)。その後、紆余曲折を経て東工大の博士後期課程へ進むことに。妙なテーマを抱えた変わり者を受け入れてくださった青木義次教授と、当時は助手で現在は東工大の教授になられた大佛俊泰先生からご指導いただけたのは、今でも幸運なことであったと思っています。「墳墓取得希望世帯の特性を考慮した墓地計画に関する研究」という論文で無事、博士(工学)の学位を取得しました。
「自分だけにしかない経験」が、将来の糧になる
お墓研究はかれこれ20年以上に及びますが、仕事のキャリアも実は同じくらいになります。学生時代、研究の一環で関係者にお話を聞いているうちに、調査依頼を受けたり業界誌へ寄稿するようになったのです。修士課程の頃にもなると墓地の計画や許可のアドバイスまで行うように。今の協会に入ったのも、当時の縁がきっかけです。
雪の玉を転がしているようだ、と思うことがあります。はじめは小さな雪の種でも、転がしているうちにどんどん大きくなっていく。
葬祭関連の業界って、実はすごく分断されているんです。墓地や納骨堂は厚生労働省の管轄ですが、そこに建てるお墓(墓石)などは経済産業省の日用品室、葬儀となると同じ経産省でもサービス政策課だったり、商取引・消費経済政策課だったりといったようにバラバラ。葬儀会社は墓石のことを知らないし、霊園も他の霊園についてはまったく知らない。だから、私のように全体を見渡して考える立場はニーズにマッチしているのかも知れません。理工系と文系の間を行き来していた学生時代のように、今も葬祭関連の業界間で雪を転がし続けています。これにはやりがいを感じますね。もし誰かがすでに、この分断されている業界をつなぎ合わせる活動を始めていたら、今の私はなかったでしょう。
どこにもない自分だけの現場経験を持つことは、将来への大きな強みになります。それを養えるのは、フットワークの軽い学生の特権。分野にとらわれない「自分ならではの研究作法」を見つけてください。
(2015年取材)