世界が学びのフィールドだ!
実験装置やコンピュータに向かうばかりが研究じゃない。アリゾナのクレーターやグランドキャニオンを見に行ったり、中東やコーカサスのキリスト教建築を調査したり...。世界中が、東工大生の研究フィールドだ。
地球科学を生で感じる地惑巡検
聞き慣れないかもしれないが、「巡検」とはいろいろなところを調べて回ること。理学部地球惑星科学科では1992年の設立以来、主に学部2年生を対象として、毎年この海外地質観察旅行を実施している。「地球で起こる自然現象、地質現象には、日本で見られないものもたくさんある。それを自分の目で確かめることが、この活動の最大の目的」と言うのは、地惑巡検を担当する上野雄一郎准教授だ。
インターネットを通じて様々な情報が手に入る時代だが、やはり本物の地球は圧倒的。流れ出る溶岩を間近で見たり、隕石衝突でできたクレーターの縁に立ったりすると、文献や写真だけでの学習、研究が、いかに不十分であるかよくわかる。
これまで訪れたのは、ヨセミテ渓谷やデスバレーといったアメリカ本土、ハワイ島、それにニュージーランド。2014年の目的地のひとつだったグランドキャニオンでは、ペルム紀の石灰岩からカンブリア紀の砂泥層まで、古生代3億年分の地層の変化を一気に見学するトレッキングも行った。
地球の多様な姿を直に観察する地惑巡検。そのもうひとつの狙いが、学生たちのグローバルな視点の養成だ。「そこで渡航先では現地の大学を訪問し、第一線にいる研究者から講義を受けるようにしています」と上野准教授。「その土地で研究をしている専門家や学生たちと直接交流できるのは貴重な機会。ドキドキしながら英語で質問したりするのもいい経験で、たいていの学生が帰国すると、『もっと英語を勉強しなきゃ』と言いますね(笑)」
一方でこの観察旅行では、単なる「おでかけ」ではなく、事前学習に力を入れているのもポイントで、学生たちは海外の論文などで現地の状況を徹底的に調査。それをもとに「巡検のしおり」を作成するが、そのボリュームはなんとA4で100ページ以上にも及ぶ。そうした十分な下調べがあるからこそ、現地で目の当たりにした光景が、いっそうのインパクトを与えてくれるのである。
「火山がつくり出した地形を前に、みんなと議論でき、理解が深まった」「どうやってこの断崖絶壁ができたのか、その場で考えられたのは大きな収穫」とは参加学生の声。初めて対面する自然をじっくり観察し、とことん考えることで、わからなかったことが理解でき、同時に新たな疑問も湧いてくる—。学ぶことの楽しさ、そして奥深さをまさに肌で感じさせてくれるのが、地惑巡検なのだ。
1
2
3
上野 雄一郎准教授
大学院理工学研究科
地球惑星科学専攻(取材当時)
1
2
3
1:グランドキャニオンで記念撮影。眼下にはコロラド川が流れる。(後列左)上野雄一郎准教授(大学院理工学研究科 地球惑星科学専攻(取材当時))/2:カリフォルニア大学ロサンゼルス校にて、Kevin McKeegan教授の講義。手前の装置は、宇宙探査ミッションで使われた分析器。/3:隕石衝突によってできたアリゾナ州のメテオクレーター。直径は1.2~1.5kmほど、深さは約170m。
建築史は感性を表す学問
「建築史とは工学の中でも“過去”を扱う数少ない学問。建築や都市は一度造られると、ときに何百年もその形を留め、人々の生活に影響を及ぼします。建物がどうできたかという過去を知ることはすなわち、いかに未来を創り出すかにつながっていくのです」。篠野志郎教授は、建築史に取り組む意義をこう語る。
篠野教授自身は研究室のメンバーと共に、東アナトリア地域や、関連の深いシリア・アラブ共和国に赴き、現地の研究機関と協力しながら歴史的建築物の調査を続けている。この地域には4世紀から15世紀にかけての貴重なキリスト教建築が数多く残されているが、十分な保存措置が取られないままに、度重なる地震や経年劣化にさらされていた。篠野教授率いる調査隊は、そこで学術的な調査だけでなく、保存・修復でも実務的な活動を展開。地域に根ざした活動が評価され、アルメニア共和国からは文化賞を授与されている。
「遺構の保全が進まなかった背景には、関係国の経済状態や宗教問題など複雑な事情があります。海外の建築調査では、それぞれの国が抱える課題や実情を理解した上で、人間関係を含めて社会の中に入り、現実的な協力の枠組みを築き上げていくことが不可欠です」
一方、日本の建築を研究対象とするメンバーもいる。社会人経験もあるポスドクの服部佐智子さんの専門は、江戸城大奥や近世武家住宅での女性の生活空間。当時の建築図面や日記などの史料を紐解き、近世の女性の暮らしに新たな光を当てる。「現代に続く住まいの源流である近世武家住宅はどう造られ、暮らしにどんな影響を与えていたのか。以前住宅メーカーで設計の仕事をしていたときに感じたそんな興味が、研究の根っこになっています。既存の史料でも、着眼点次第で独自の解釈が成立するのが建築史の面白さですね」
このように篠野研究室では、学生が関心のあるテーマで研究を行っている。「建築史は実験科学と異なり、個人の感性や思想を大事にし、言葉を用いて歴史の真実に迫る学問。各自が人生で得た知識を活かすことで斬新な研究が生まれるはずです」—篠野教授が“主体性”を重視する所以だ。そして高校生へもこんなメッセージを送る。「自分が社会にどんな関心を抱き、その関心をよりよい社会づくりにどう活かせるか。そんな視点から将来を考えてほしいと思います。私は今期で定年を迎えますが、東工大には幅広い学びの場がありますから」。自分の関心を発見する。それが研究の第一歩だ。
4
5
6
7
8
服部 佐智子さん
大学院総合理工学研究科
人間環境システム専攻
特別研究員(取材当時)
篠野 志郎教授
大学院総合理工学研究科
人間環境システム専攻
(取材当時)
4
5
6
7
8
4:測量のために篠野教授が壁に登り、ベンチマークを貼る場面も。/5:ジョージア共和国のキンツビシ修道院。/6:9世紀に創立されたアルメニア共和国のタテヴ修道院。/7:背景の建物は、観光名所としても有名なジョージア共和国のサメバ修道院。海抜2,145mの山の頂に建つ。写真は、この修道院を調査した後の記念撮影。/8:篠野研究室のメンバー。(前列左より)服部佐智子さん(大学院総合理工学研究科 人間環境システム専攻 特別研究員(取材当時))、篠野志郎教授(大学院総合理工学研究科 人間環境システム専攻 (取材当時))
(2014年取材)