プラズマ・ケミストリー
プラズマテレビや空気清浄機、蛍光灯など身の回りの製品にも使われる「プラズマ」。一方でそれは、太陽などの星や宇宙そのものを構成する重要な存在と考えられています。身近でありながら、まだ謎も多いプラズマには、どんな可能性があるのでしょうか─
上記に挙げた写真は一例 A:実験用のプラズマ発生装置。物質によってプラズマはさまざまな色の光を発する B:半導体製造における薄膜生成の工程にはプラズマが欠かせない C:ネオン管はネオンなどのガスをプラズマ化することで発光している D:太陽の周辺では表面の爆発で噴出したプラズマが輝いている E:溶接に使うアークもプラズマ F:オーロラは太陽の爆発現象によって放出されたプラズマと地球の磁場が作用することによって見られる現象G:星雲をはじめ、宇宙のほとんどがプラズマで形成されている H:炎もプラズマの一種
みなさんは「プラズマ」と聞いて、何を思い浮かべるでしょうか。太陽をはじめ、宇宙の99.9%はプラズマから構成されているといわれています。オーロラや雷もプラズマと深い関わりがあり、ロウソクの炎もそのひとつです。では、そもそもプラズマとはいったい何なのか─。
氷(固体)は温めると水(液体)になり、さらにそれを100℃以上になるまで加熱すると蒸気(気体)に変わります。そしてこの気体をさらに加熱すると、原子を構成しているプラスの原子核とマイナスの電子がバラバラになり、飛び回ります。この状態がプラズマです。そのためプラズマは「固体」「液体」「気体」に続く「物質の第4の状態」ともいわれ、その使い方しだいで、光を放ったり、物を溶かしたり、新たな物質をつくったりするなど、多様な力を発揮することが知られています。
エネルギー、環境、医療、バイオ、半導体、ナノテクノロジーなど、幅広い産業でその応用が研究されているプラズマですが、利用範囲をさらに拡大するにあたっては、化学的な反応や現象を正確に理解し、検証していくことも重要です。そうした"化学の視点"からプラズマを追究しているのが、「プラズマ・ケミストリー(化学)」といわれる研究分野。そこで今回は、広範な研究領域から、この分野にスポットを当て、東工大でどのような研究が行われているのか、プラズマの機能とともにご紹介します。
「分ける」—同位体分離の技術で医療にも貢献
まず注目するのは、プラズマがもつ「分ける」という機能。プラズマによる「同位体分離」です。同位体分離とは、同じ原子番号をもつ原子グループの中で、中性子の数が異なるものを分類すること。例えば酸素の同位体の一つである「18O」という物質は、医療の現場で需要が拡大しています。なぜならそれが、PET(ポジトロン断層撮影)という先端のガン診断で使われる診断薬をつくるのに必要なものだからです。ただし空気中の酸素に含まれる「18O」の割合は、わずか0.2%ほど。同位体分離によって、これを取り出し、濃縮するというプロセスが欠かせません。
現在、「18O」という酸素同位体を分離する方法としては、主に「蒸留法」が用いられています。しかしこの方法では、一般に高さ100mを超える巨大なプラント設備が必要なため、その建設を検討するだけでも多くの時間と費用がかかります。
そこで東工大が進めているのが、プラズマを使った同位体分離。プラズマの中に酸素を入れ「18O」を含む分子のみに化学反応を起こし、そこで「反応したもの」と「反応しなかったもの」を分けることで、特定の同位体を取り出そうというものです。この方法なら、設備は非常にコンパクトで済むため、建設やメンテナンスの費用を抑えることができます。
課題は「いかにプラズマ中で狙った同位体のみを反応させるか」という点にあります。原子核と電子がバラバラになって動き回るプラズマ中の化学反応を精密に制御するのは、実はなかなかの難題。東工大ではこの難題をクリアするため、プラズマ中の電子のエネルギーを低く抑えることで、分子が振動している状態を巧みにつくり出す研究を重ねています。分子の振動励起状態を経由することによってきちんと狙いを定めた同位体種に対して化学反応を起こし、より精度が高く、エネルギー効率もよい同位体分離の実現を目指しているのです。PET診断のほかにも、人体や植物内での化学物質のトレーサビリティ※確保にも貢献する同位体分離技術。その新しい手法への期待は大きいものがあります。
- ※
- あるものが、どこから来てどこに行ったのか、その移動を把握すること。日本語では「追跡可能性」などと訳されます。
「つくる」—期待の次世代素材を効率的に合成
続いて紹介するのは、カーボンナノチューブやカーボンナノファイバーを、プラズマで「つくる」研究について。鉄の数十倍の強度をもち、熱に強く、電気も通すカーボンナノ材料は、いまもっともホットな次世代材料の一つ。半導体や燃料電池、ディスプレイ、構造材などの材料として研究が進められています。
しかしカーボンナノ材料をつくるのは、そう簡単ではありません。一般的に、その合成には500℃以上の高温条件が必要で、また成長の核となる金属触媒微粒子を高温処理することが求められます。そのため、熱に弱いプラスチック基板の上で成長させることができず、触媒の処理などにも一定の工数、つまり手間がかかることになるのです。
そうした問題を克服するために東工大で進められているのが、まさにプラズマを用いた合成法。この方法の特徴は、まず触媒を必要としないこと。一酸化炭素などの炭素源をプラズマ状態にし、そのまま基板上で合成を進められるため、コスト面でも、効率面でも大きなメリットがあります。すでに東工大では、基板の温度を90℃程度に保った状態で、カーボンナノファイバーを合成することに成功しています。これなら熱に弱いプラスチック上で直接合成することができるのです。薄くて軽いプラスチック基板の集積回路は、電子機器をはじめ、多くの分野で需要がますます高くなっています。プラズマによるカーボン素材の合成技術が実用化されれば、産業界に与えるインパクトは大きいに違いありません。
姉川洋平(あねかわようへい)さん
工学部 化学工学科 4年
鈴木正昭・森伸介研究室(取材当時)
低温プラズマを発生させる装置で、一酸化炭素を原料としたグラフェンの生成に取り組んでいます。グラフェンは電気伝導性に優れている物質なので、デジタル機器のタッチパネルや太陽電池などでの活用が考えられます。課題は、グラフェンの結晶性を向上させることが難しいという点ですが、「自分の研究で社会に貢献する」という思いがモチベーションになっています。
金東旭(キムドンウグ)さん
理工学研究科 化学工学専攻 博士2年
関口秀俊研究室(取材当時)
マイクロ波プラズマを発生させる装置で酸化インジウムをつくる実験をしています。電気をよく通すこの物質は、液晶ディスプレイやタッチパネルなどの重要な材料。プラズマを使うことで、従来の電気炉での合成より、短時間で質の高いものがつくれると考えています。プラズマは、まだまだ伸びる分野だと思います。自分自身の手でもっと開拓をしていきたいですね。
「壊す」—廃棄物処理に新たな可能性を提供
最後はプラズマによる廃棄物処理。いわば物質を「壊す」機能について。この分野での研究として、まず挙げられるのがオゾン層破壊物質および地球温暖化物質であるフロンなどの分解です。フロン自体は単純な高温処理によって比較的容易に分解可能ですが、分解後に温度が下がると有害物が発生するという問題があります。そこで研究されているのが、水プラズマの活用です。まさしく"水"をプラズマ化した水プラズマには酸素ラジカルや水素ラジカルが豊富に含まれるため、そこに入れた物質と非常に活発な化学反応を起こすことになります。フロンの場合についていえば、生成されるのは一酸化炭素やフッ化水素、塩化水素など。有害物質の発生を抑えられることが分かっています。
もちろん、一般的なゴミの処理においてもプラズマは有効です。10,000℃以上にもなるプラズマを利用すれば、あらゆるゴミを分解し、気化してしまうことが可能。しかも、気化によって発生したガスが高濃度の水素を含んでいるというメリットもあります。燃焼時に二酸化炭素を排出しない水素は究極のクリーンエネルギーとして注目されている物質です。実用化に向けた取り組みとしては、現在、鶏糞処理の分野などで実践的な研究が進められています。一つの養鶏場で、1日で数十トンが排出されるという鶏糞の処理は事業者にとって死活問題。現状ではメタン発酵による処理などが行われていますが、プラズマを使えば臭いの問題なども一気に解消することができるのです。今後の最大のテーマはコストの削減。すでに技術的には確立していますが、大規模なプラントでの処理となればプラズマを発生させるのに大きな電力を必要とします。だからこそ、処理の過程で生まれる水素ガスなどを再利用できるプロセスの構築が重要となるのです。システム全体でエネルギー効率を上げられれば、鶏糞に限らずあらゆるゴミ問題において、解決への道が開かれることになります。
今回紹介した「分ける」「つくる」「壊す」のほかにも、さまざまな可能性を持っているプラズマ。それは、研究者の知的好奇心を大いに刺激しています。世界のプラズマ研究において最先端を走る東工大から、どんな成果が生まれるか─。ぜひ、これからも注目してください。
石井佑昌(いしいゆうすけ)さん
総合理工学研究科 化学環境学専攻 修士1年
渡辺貴之研究室(取材当時)
水をプラズマ状態にする装置を使い、農薬など水に溶けない有機物質をプラズマで分解する仕組みを研究しています。廃棄物を普通に燃やしてしまうと、有害な副生成物が出て環境に負荷を与えてしまうので、それらの物質を無害化することがテーマ。その化学的な分解プロセスをしっかりと解明して、将来の実用化へ近づけたいと思っています。
化学以外の分野でも、プラズマの基礎研究から多岐にわたる応用研究まで、非常に活発な取り組みを展開している東工大には、「イノベーション研究推進体多機能革新プラズマ技術」が設置されています。その目的は、幅広い研究者の知見を集め、融合し、新たなプラズマの機能などを見つけ出すこと。そして、プラズマのさらなる利用分野を開拓し、産業などへのいっそうの普及を目指すことです。
メンバーとなっているのは、エネルギー、機械、電気電子、化学、半導体など、様々な専門をもつ約20人の教授、准教授など。日々、情報交換を行うほか、海外の関連機関とも交流しています。また、高校生向けのシンポジウムなども開催し、若い人材に科学と技術に対する関心を深めてもらうことにも取り組んでいます。