空を飛びたい!
東工大には"飛ぶこと"への飽くなき探究心を持ち続ける人たちがいます。それが「グライダー部(旧航空研究部)」「ハンググライダー部(Sylph)」「Meister」という3つの飛行サークルの学生たち。彼らが持つ"飛ぶこと"に懸ける思いの熱さは同じです。しかし、"飛ぶこと"へのアプローチは、サークルそれぞれに違いがあります。
飛ぶために頭と体で学ぶ
大気中を飛ぶ乗り物のことを、航空力学上では総称して「航空機」と呼びます。なかでも固定翼でエンジンのような推進装置を持つものを「飛行機」、持たないものは「グライダー」と区別します。そんな「グライダー」で空を飛ぶのが「グライダー部」です。
推進装置がないグライダーは、自力で離陸することができません。そこで、飛行機とグライダーをワイヤーで結び、飛行機に引っ張ってもらうことで離陸する「飛行機曳航」という方法を使います。ある程度の高度まで上がると牽引する飛行機から切り離されますが、上昇気流に乗れば、なんと5時間も飛び続けることが可能だとか。エンジンがないため飛行中のコックピットはとても静か。揺れも少なく、快適な飛行が楽しめます。
グライダー
全長:約15m
重さ:約430kg
グライダーの先にワイヤーをつけ、牽引用飛行機に引っ張ってもらい離陸。
高度600m程度まで上ったらワイヤーを切り、自力で飛行開始です。
晴れ上がった富士山は飛行機から見ても美しいもの。でもうっかり近づきすぎると、乱気流に巻き込まれ、あわや墜落...ということにもなりかねないのだとか。それでパイロットの間では「晴れた富士山には近づくな」という合言葉があるそうです。
航空研究部
(現グライダー部)
橋本純香さん
工学部
制御システム工学科4年
(取材当時)
入部したての頃は、上昇気流が感じられなくて悩みました。気流に機体が押される感覚をつかむため、飛行中はクッションを使わず、おしりで気流を感じるようにしています。エレベーターで上に昇るときの感覚にも近いので、何度も乗りましたよ。
「グライダーは"風"という空気の塊と一緒に移動しているんです。ちょうど、金魚鉢の中の金魚のような感じ。たとえ風に流されていても、外の空気の大きな流れを体で感じることはできません。そっと金魚鉢を移動させても、水流は動かないので金魚は移動に気づきませんよね? それと同じです。そのため、外の景色を見て風の流れを感じ、自分の位置を計ることが必要になります。慣れるまではグライダーの計器類を頼りにしてしまいますが、最終的に頼りになるのは自分の感覚と三次元空間の意識。後輩には、手元より遠くの景色を見るようアドバイスしています」と、航空研究部(現グライダー部)の橋本さん。
また、グライダーの"自家用操縦士"免許を取得すると、国内外で一人前のパイロットとして認められます。橋本さんは2年生のときに免許を取得できたそうですが、「意識的に勉強しないと卒業までに取れないことも。でも、努力次第で誰でも取れるものですし、先輩たちが全面的に協力してくれます」とバックアップ体制も万全。部員の免許取得のためにも、実践的な飛行練習だけでなく、試験に向けた航空力学の勉強も大切にしているのです。
純粋に飛ぶことを"楽しむ"
一方、とにかく風を感じて飛びたい!という気持ちが熱いのは「ハンググライダー部(Sylph)」。所属する学生は、「ハンググライダー」か「パラグライダー」のどちらかを選んで空を飛びます。どちらも免許は必要なく、運動能力や体力もあまり関係ないので、講習さえ受ければサークルに入部してすぐにでも飛ぶことができます。また、国内外にたくさんのフライト場があるため、幅広い年齢層の人が一生の趣味として続けられるのが特徴。風を切って空を飛ぶ感覚を楽しみたい人はハンググライダーを、操作感を楽しみたい人は比較的自由な動きが可能なパラグライダーを選ぶようです。
ハンググライダー
全長:7〜10m
重さ:22〜23kg
機体にぶら下がった状態で斜面を駈け下り、助走をつけることで離陸。両手で握ったコントロールバーで機体操作を行います。
「鳥のように」飛びたいと思った人間は、古代から羽を羽ばたかせなければと思い続けてきました。「鳥のように」という考えから解放され、揚力と推力に分けて考えたことによって、はじめて人間は飛ぶことができましたが、もし鳥がいなければ、もっと飛行機の発明は早かったのかも。
部長の野口さんによると、「ハンググライダーもパラグライダーも、飛ぶことへのハードルはあまり高くありませんが、何よりも経験が生きてくるスカイスポーツ。何度も飛び続け、飛ぶたびに周囲に目を光らせることで、風の向きや強さ、光や気温、地形など、安定した飛行に必要な自然条件を体に覚えこませます。飛ぶための技術を、自然から"肌"で感じるのです。そうすると自然を感じる力が身につき、いつの間にか飛行中に、山の斜面や雲の位置から目に見えない上昇気流を探せるようになります」とのこと。
ハンググライダー部
(Sylph)
野口俊輔さん
理学部
情報科学科2年
(取材当時)
ハンググライダーもパラグライダーも、エリアによって飛行方向が決まっているんです。足尾山周辺では、偶数日は右まわり、奇数日は左回りという場所が多いですね。みんなが安全に楽しんで飛ぶための、空ならではのルールです。
パラグライダー
全長:約10m
重さ:約20kg
地面に翼を広げてハーネスというイス状の部分に座り、斜面を駈け下り離陸します。パラグライダーは畳むとリュックのようになるので、持ち運びも簡単。
ハンググライダー部
(Sylph)
鈴木力憲さん
工学部
開発システム工学科4年
(取材当時)
パラグライダーで長時間飛び続けるには、上昇気流を見極めることが大切。ほとんど羽ばたくことなく空を飛ぶトンビがいると、そこには上昇気流が発生しているというサインです。夏のよく晴れた暑い日には、上昇気流が出やすいんですよ。
"スカイスポーツ"と聞くと危険なイメージもありますが、ハンググライダーもパラグライダーも安全性に優れた機体。万が一の場合のために、緊急用のパラシュートも備え付けられているため、急な失速や落下による事故はほとんど起こらないのだそうです。逆に怖いのは、上昇気流に乗ってどんどん上昇してしまうことで「着陸したいのに降りられない」という状況は稀にあるのだとか。「上昇気流のいたずらで、鳥取砂丘から飛び立ったのに、兵庫県某所まで流されてしまった!」という伝説を聞いたこともあるそうです。
飛行機を自分たちで"つくる"
最後に紹介するのは、飛行機を"つくる"「Meister」です。Meisterはものつくりサークルであり、人力飛行機のほか電気自動車を制作しています。空を飛びたい人はもちろん、空飛ぶ航空機を自分の手で"つくりたい"という学生が集まり、滋賀県の琵琶湖で行われる「鳥人間コンテスト」に向けて機体づくりに励みます。
ディスタンス部門という飛行距離を競う部門にエントリーするので、いかに長く安定した飛行を続けられる機体をつくれるかが勝負どころです。設計や素材選びといった段階から、自分たちで考え、決定し、半年以上かけて制作していきます。人力飛行機は、エンジンの代わりとなる動力を自力で生み出すのが特徴。しかし、人力で生み出せる動力には限界があります。動力不足によって飛行速度が遅くなると、機体が上に浮き上がろうとする力も弱くなり、高度を保つことができなくなってしまいます。そこで制作班は、飛行にとって重要な速度を維持するため、1gでも軽い飛行機づくりを目指すのです。
人力飛行機
全長:30〜32m
重さ:約40kg
自転車のように足元のペダルを漕ぐことでプロペラを回転させ、離陸します。パイロットの心肺機能は、オリンピック選手並みだとか!?
「普通、飛行機の素材といえば金属製をイメージすると思いますが、Meisterでは機体の軽量化を図るために、機体を形成するパイプの素材にはCFRP※というカーボンからできた材料を使います。金属の芯にシート状のカーボン繊維を巻き付けた後、その芯金を抜くことで、固くて軽いCFRPのパイプをつくることができるのです。また、パイロットの体格にあわせて操縦部分の形を変えるなど、勝つための工夫には最善を尽くします。しかし、基本的に機体はシンプル。これは、後輩に着実に技術を継承していくことを考えての作戦なんです」と、機体の創意工夫について熱く語る部長の海野さん。
Meister
海野智義さん
工学部
制御システム工学科2年
(取材当時)
制作側の部員は数カ月かけて航空力学を独学で学び、その知識をフルに使って飛行機をつくります。でも、いくら頑張って計算しても、先輩たちから受け継いだ経験値からの技術って強いんですよね。飛行の世界の深さみたいなものを感じます。
また、自転車のようにペダルを漕いで動力を生み出すパイロットも努力を怠りません。長時間の飛行に耐えられる持久力をつけるため、日々筋トレやロードワークを行います。双方の努力の甲斐あって、Meisterは2001年、02年、07年、10年、13年に「鳥人間コンテスト」ディスタンス部門で優勝し、それ以外の年も、入賞などの華々しい成果をあげています。
空を翔る感動と興奮を味わうべく、日々"飛ぶこと"への探求を続ける飛行サークルの学生たち。そんな彼らを惹きつける"大空の魅力"を、皆さんも一度のぞきに来てみませんか?
※CFRP(carbon fiber reinforced plastics)炭素繊維にプラスチック材料を含浸した後、硬化させて成形した複合材料のこと
飛行機が飛ぶには、機体を上に持ち上げる力「揚力」が必要です。
では、どうすれば揚力が発生するのでしょう。図のように、機体に見立てた紙の端を持ち、息(風)を吹きつけてください。
すると、息のかかる方向と紙が平行な場合、紙はたわみません。
しかし、紙の手前を持ち上げ同じ位置から息を吹きかけると、手で固定されていない方の端は上にしなり、手に上向きの力が感じられます。
この上向きの力が「揚力」です。揚力は、紙と息の方向とが作る角度の大きさに比例するため、風に対して機体の角度を変えれば、機体にかかる揚力の大きさも調整できるのです。
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グライダー部
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