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手のひらサイズの装置で地球深部の謎を解明する

地球生命研究所 所長・教授 廣瀬敬

地球生命研究所 所長・教授

廣瀬敬

  • YLFレーザー発振器

    赤外線レーザーを発生させる装置。発生したレーザーは何度もミラーを通って光路を変えた後、ダイヤモンドアンビルセルの中の試料にあたり、試料を高温にする。

  • レーザー加工機

    ダイヤモンドを加工して適切な形にするための装置。試料をはさむダイヤモンドの先端を0.01mmほどの精度で加工することで、試料に、より高い圧力をかける。

地球深部の世界を再現

地球の地下がどんな構造をしているか想像してみてください。
おそらく多くの人が、ドロドロに溶けた高温のマグマが詰まっているのを思い浮かべるのではないでしょうか。実際はというと、そうではありません。地球の半径は、約6,400km。そのうち地表面から地下35kmくらいまでが、地殻と呼ばれる岩石の層。その下、2,900kmまではマントルと呼ばれる部分になります。マグマは、この地殻とマントルの最上部の所々にしかないのです。

しかし、地球深部がどのような岩石や金属でできているのか、その詳しい構造については未だ解明されていません。現在の技術で、地上から掘り進んで到達できる深度は、地球の半径の530分の1、わずか12km。地下の世界は、深く掘って見に行くことができず、解明されていない部分が多いのです。
そんな物理的には到達不可能な地球の中を「見る」教授がいます。地球生命研究所の廣瀬敬教授です。「超高圧高温実験」という方法を用いて、地球深部と同じ高圧・高温状態をつくり出し地球深部の世界を再現するのです。

内核年齢の常識を覆す発見

地球深部を「見る」ために使う実験装置は、「ダイヤモンドアンビルセル」という手のひらに乗る程度の小さな装置。この装置の上下にセットされたダイヤモンドで、厚さ・直径0.1mm以下の岩石試料を挟み、装置のネジを人力で締めていって高圧状態にします。ここにレーザーを当てて高温状態をつくり出し、岩石試料を限りなく地球深部の物質に近い状態にするのです。この実験により廣瀬教授は、125万気圧、2,200℃という地下2,600kmの世界を再現し、そこにある物質の状態を観察することに、世界で初めて成功しました。また、この成功が、ある大きな発見にもつながったのです。

これまでマントル下部は、ひとつの物質で構成されていると考えられていました。「ペロフスカイト」というマグネシウムを囲むように珪素と酸素が格子状に並んだ構造をした物質です。しかし、廣瀬教授の実験により、マントル最下部はペロフスカイトとは違った構造をもつ物質からなることが分かりました。非常に高い圧力と温度になっているマントルの最下部の物質では、マグネシウムの層と酸素と珪素からなる層が別々の層状構造になり、体積が約1.5%小さくなるということが明らかになったのです。廣瀬教授はペロフスカイトとは性質の異なる構造をもつこの物質を「ポストペロフスカイト」と名づけました。このポストペロフスカイトの存在が、これまで考えられてきた説を覆す大きな発見になったのです。

ダイアモンドアンビルセル 地球断面図

マントルを構成しているペロフスカイトとポストペロフスカイトは、2,000℃前後という高温のため「やわらかい石」になっており、流動性があります。これまでの研究から、マントルは、マントルよりも下にあるコア(核)の熱で暖められて下部から上昇し、上部で冷やされて下降するという対流運動を、1億年ほどの周期でゆっくりと繰り返してきたと考えられてきました。しかし、ポストペロフスカイトの発見によって、上昇流がより活発化されていることがわかったのです。マントルの対流が盛んであるということは、コア(核)が速く冷えているということを意味します。地球中心部に存在する内核(固体コア)は、コアの冷却に伴って外核(液体コア)が結晶化したものであり、現在でも成長しつつあります。コアが思ったよりも速く冷えている(内核が速く成長している)ということは、内核の年齢は、想定されていた説よりも若かったということになるのです。

さらに深く、地球の中心部の謎に挑む

鉄からできているコア(核)は地球に磁場をつくり出し、宇宙から地球表面に降りそそぐ有害な放射線を防いでいます。内核の誕生により、コア内の対流が安定化し、地球磁場は強くなったと考えられています。それに伴い地上の放射線も減少してきたはずです。つまり、コア(核)が形成されるタイミングは、生物の地上進出に大きな影響を与えた可能性があります。このように、ポストペロフスカイトという地球深部の物質の結晶構造という極小の世界を解明することが、地球という巨大な構造をもつ惑星と、そこに生まれた生命の進化の秘密を明らかにすることにもつながるのです。

廣瀬教授は、初めから地球深部の研究に興味を持っていたわけではありませんでした。旅行好きが高じて地質学を志し、その後東工大へ移って、地球深部こそ未知のフロンティアであることに興味を覚え、いまの研究を始めたと言います。地球の中心部の謎解きのため、廣瀬教授は現在もさらに深く潜り続けています。

廣瀬敬

Profile

教授 廣瀬敬

  • 主な研究分野は高圧地球科学。
  • 2007年、「ポストペロフスカイト相の発見と地球コア・マントル境界域の研究」で第21回日本IBM科学賞を受賞。

(2010年取材)

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