自ら学習し人のために働くロボットを創る
像情報工学研究所
長谷川修 准教授
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移動に関する実験を行うための2輪ロボット。胴体部分とは切り分けて研究をしている。イクシスリサーチ社製の2輪ロボットを改良し、上部に人の目線に合わせた全方位カメラを備えている。iWs09もSOINNによる学習によって、混雑した場所でも適切に移動することができる。
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学習と推論が可能なプログラムSOINNによって動くロボット。研究用として、川田工業社製のものを独自に改良してある。実験では学生が手取り足取り実際にやって見せてロボットに学習させている。
自ら考え、行動するロボットをめざして
ロボットは今や架空の存在ではなくなってきています。中でもヒューマノイドロボットの姿や動きは、ますます人間に近づいてきているように見えます。そんな彼らは何を考え、行動しているのでしょうか。実は、いくら人間そっくりに動いているように見えても、現状のロボットは、あらかじめ設定されたプログラムによって決められた動きをしているだけにすぎません。ロボット自身が自分で考えて行動しているわけではないのです。
例えば、プロの棋士に匹敵するような実力を持つコンピュータ将棋。これはコンピュータに将棋のルールと試合のパターンを覚えさせ、最も適切な一手を選べるようにプログラムしているのです。そのためコンピュータに向かって「次はババ抜きで勝負しよう。」と言っても、もちろんトランプゲームをすることはできませんし、そもそも人間の言葉を理解することもできないでしょう。つまり、まだまだロボットやコンピュータのプログラム(=人工知能)と、人間の知能の間には大きな差があるのです。
東京工業大学像情報工学研究所の長谷川修准教授が取り組んでいるのは、コンピュータと人間の脳との差を縮め、より人間に近い機能を持つ「パターンベース人工知能」の開発です。「自己増殖型ニューラルネットワーク(Self-Organizing Incremental Neural Network)」略して、SOINN(ソイン)と呼ばれる、そのパターンベース人工知能ソフトウエアは、ロボットの視覚、聴覚、触覚といった感覚情報のほか、インターネット上にある情報や他のロボットのモータの制御信号などから知識を得て徐々に賢くなっていきます。そのため、事前にプログラムされていないことでも状況に応じて自ら考え、行動することができるようになります。
「SOINNで動くロボットは、はじめはいわゆる常識を知りません。そこで子どもに教えるのと同じように、ロボットに手取り足取り学習させていくのです。」と長谷川准教授は教えてくれました。「ある実験では、まずガラスのコップと紙をロボットに見せて『これはガラスのコップ、これは紙』と言葉で教えました。次に、紙コップをロボットに持たせると、初めて見るにもかかわらず、それを紙のコップだと認識し、握り潰さずに適切な力で持つことができたのです。」このように自ら経験したことを蓄積して活かすことができるのがSOINNなのです。
行き着く先は、「人間とは何か」
自ら考えるロボットは、商店や介護施設でのサービス、道案内など社会の様々な場面で求められています。例えば「お茶をいれる」という行動ひとつにしても、家庭ごとに急須や湯呑み、ポットなどの形や、置かれている場所は異なります。また人によって、好みのお茶や濃さも違います。ロボットには、そうした違いや変化をその場で自ら学習し、状況を判断して的確に行動する機能が必要になります。それを可能にすることができるであろうSOINNは、身近で働くロボットの実現のためにとても有望なアプローチのひとつなのです。
人工知能の研究をする上で、長谷川准教授の興味の先にあるのは「人間」かもしれないと言います。「やはりロボットに学習させていると、感情移入してくることもあります。でもやはり人間とは違います。ロボットは学習したデータを取り出してコピーすることもできるし、ほかのロボットのデータとあわせることもできる。人間の尊厳とはまた違うところにあると思います。」人に近い知性を持つロボットをつくることは「人間の尊厳とは何か、人間とは何か」を考える、根源的な問いでもあるのです。また、長谷川准教授は「将来的に量産できれば高級家電なみの価格になるでしょう。」と予測し、さらに「人工知能の世界標準をつくり、これからの日本の基幹産業としていきたい。」と語ってくれました。
准教授 長谷川修
- 2002年、東京工業大学像情報工学研究施設(現在の像情報工学研究所)の助教授に着任。生物の知的さに興味を持ち、人間らしいロボットをつくるのが夢。
(2010年取材)