コンクリートに電流を流す現代の錬金術

フロンティア研究機構 細野秀雄 教授

フロンティア研究機構

細野秀雄 教授

  • 有機薄膜製膜装置

    作成した酸化物の表面に有機物質を蒸着して、有機分子と透明半導体との奇麗な界面などを形成する装置。この装置は高純度雰囲気グローブボックスや光電子分光装置など、ほかの実験装置とつながっていて、一連の作業をすべて真空中で行うことが可能となっている

  • 高純度雰囲気グローブボックス

    実験で用いる様々な原料を粉砕・混合する装置。原料の中には、空気中の水分や酸素と反応してしまい、精密な実験に使えなくなってしまうものも多いが、この装置の内部はアルゴンガスで満たされているため、原料が反応しない状態での作業が可能となっている

  • 光電子分光装置

    物質に紫外線やX線を当てて、その物質中の電子の状態を調べる装置。電気は電子によって伝わるため、電子の状態を調べることは半導体・超伝導研究では重要なこと。電気を通すセメントC12A7の酸素イオンの電子への置換もこの装置で分析された

ナノレベルに注目し、物質の性質を変える

東京工業大学のすずかけ台キャンパスには、灰色のコンクリートビルが林立し、緑豊かな周囲と対照をなしています。無機的な雰囲気を与えるコンクリートは、砂や水などをセメントと混ぜた材料のことで、建物や道路などにも使われています。都市の風景に遍在するこのコンクリートには、石のようなもの、あるいは工事現場をイメージする人が多いことでしょう。IT機器など現代技術に革新をもたらす、電気を通す材料に変身できるものだと思う人はなかなかいないのではないでしょうか。

しかし東工大には、このコンクリート(セメント)には電気を流すことができる、と見抜いた人々がいます。この伝導性セメントを作製したのは、すずかけ台キャンパスのコンクリートビルの一角に居を構えるフロンティア研究機構の細野秀雄教授の研究グループ。ここで電気を通す物質C12A7(12CaO・7Al2O3)はアルミナセメントというセメントの主成分で、酸素、アルミニウム、カルシウムという極めてありふれた元素で構成されています。酸化カルシウムも酸化アルミニウムも教科書に記載されているような代表的な絶縁体であり、本来電気を通す性質は持っていません。電気を通す鉄などの金属原子では、原子の中心にある原子核の周囲にある電子のうち、一番外側の電子が原子の間を移動することで電流が生じるのですが、C12A7にはこのような動き回れる電子は存在しないのです。では細野教授のグループはどのようにして電気を通す性質を持たせたのでしょうか。

C12A7の特徴は、直径約0.4nmのカゴがジャングルジムのようにつながった結晶の構造を持っていて、12個のカゴのうち2個に酸素イオンが収まっているという点にあります。細野教授らはこの点に注目しました。酸素イオンをそれと反応しやすい物質と反応させることでカゴの中から追い出し、かわりに電子を入れ、この電子がカゴの中を移動することで電流が流れるという導体に変化させたのです。電子に置き換わっているカゴの割合が6分の1程度以下だと半導体(絶縁体と導体の中間的性質を持つ物質)に、6分の1以上だと導体(金属)に、そして-272.75℃に温度を下げると抵抗がゼロになり、電流が減衰しない超伝導体になりました。ひとつの物質を絶縁体、半導体、伝導体、超伝導体にした研究例はダイアモンドを除くとこれまでにありません。元々は電気が通らないC12A7を、ナノレベルの構造に注目して、まったく異なる電気的性質を持つ物質に変えてしまったこの研究は、現代の"錬金術"ともいえる内容です。

中世ヨーロッパの錬金術師たちは、ありふれた安い金属から金を作り出すことなどを目的としていましたが、細野教授らも、希少な金属でしか実現できなかった機能を豊富な元素だけで実現させようという「ユビキタス元素戦略」を提唱しています。例えば、IT機器に必須とも言える液晶ディスプレイには透明な半導体が必要であり、現在はITO(すずを添加した酸化インジウム)が用いられています。しかしインジウムは希少な金属で資源枯渇と価格高騰が懸念されています。一方、C12A7の構成元素である酸素、アルミニウム、カルシウムは、地球上によくある物質の上位1、3、5位を占める物質で、しかも価格もとても安いものです。また、C12A7は透明だという特徴もあります。このようなありふれた絶縁体であるC12A7で作られた透明半導体は、安く優れたディスプレイの実用化などにつながる可能性を持っているのです。

また、C12A7の超伝導化も大きな意義を持っています。「高温で超伝導を示す物質をどうやって実現するかという研究は現代の物質や材料の科学のハイライト分野であり、室温超伝導の実現は人類の夢と言っても決して大げさではありません」と、細野教授は語ります。室温超伝導が実現されれば、ロスがほとんどない送電線や、超伝導コイルを用いた蓄電装置が可能になります。超伝導は電気に依存する現代の社会システム全体を変える技術なのです。超伝導物質には、1911年発見の金属系物質、1986年発見の銅酸化物系物質がありますが、さらに細野教授らは、酸素イオンなど陰イオンが電子に置き換わっている物質「エレクトライド」でも超伝導がおこることをC12A7で示しました。この発見はまだ途上にある超伝導物質の材料開発に大きな影響を与えています。

自らの“カン”を信じて、独自の研究を成功させる

このように、技術開発に大きなインパクトを与えるC12A7ですが、細野教授は「実用第一ではなく、"目からウロコが落ちる"ような面白さを体感したいために研究しています。研究の世界は、専門家ですら想像がつかないような意外な発見があったりして、本当に面白いものですよ」と、その研究に対する姿勢を語ります。しかし同時に「誰もやっていないが故に、非常に孤独だという一面もあります」とも。実際、C12A7の研究成果は一朝一夕に得られたものではありません。C12A7はセラミックの一種ですが、1980年代にセラミック研究ブームが起きました。しかし、理論的裏づけが浅く、当座の材料作りの側面が強い研究が多いと見た細野教授はブームに乗ることはなく、独自の道を進みました。細野教授は、透明ガラス状のC12A7に紫外線を当てると黒くなる、という現象を1985年にすでに見い出していたことから、"C12A7のカゴ状構造から、カゴの中を変えることで、その性質をさまざまに変えることができるだろう"と予測し、実験を続けます。しかしこの"予測"は、半分は科学的な根拠に基づくものでしたが、半分はカンのようなものでした。しかし、この"予測"は見事的中。カゴの中の酸素イオンを水素のマイナスイオンで置き換えた後、紫外線をあてて水素イオンから電子を発生させることで、絶縁体であるC12A7を伝導体にすることに成功したのです。これが2002年の出来事。さらに、2003年には約90%の酸素イオンを電子で置き換えることで透明な半導体を作成し、2007年4月にはすべての酸素イオンを電子で置き換え、金属と同じように電気がよく流れる性質を持たせました。そして同年6月についに超伝導体にすることに成功したのです。

All or somethingの精神で、失敗からも、何かを掴む

「超伝導の分野では、必ずしも超伝導の専門家が大きな発見をしてきたとは言えません」と細野教授は言います。教授も元々は超伝導の専門家ではありません。紙のように薄くて曲がるディスプレイの開発など、透明な酸化物半導体の材料科学が中心で、その分野でも大きな成果をあげています。その上でさらに「超伝導セメントC12A7」の他にも、「鉄を主成分とする超伝導物質LaFeAsO」という常識外の研究成果を残しているのです。「鉄を含む物質で超伝導をやると言うと普通は笑われますよ」と、細野教授は笑顔で語ります。超伝導状態になろうという性質が、鉄が磁石にくっつくという性質に負けてしまうため、鉄を含む超伝導物質は作れないというのがこれまでの常識だったからです。C12A7の研究も1999年から開始した研究プロジェクト申請では表立って取上げませんでした。なぜならあまりに突飛とも思えるアイディアだったからです。しかし今、LaFeAsOの発見は第2の超伝導ブームともいえる動きを作り出しています。

「このようなゼロから1をつくる研究に必要なのは、孤独に耐えられる勇気と知恵」そして「Allor nothingではなく、All or something、つまり失敗からも必ず何かを学ぶことができるという姿勢です」と熱く語る細野教授。しかし、そんな細野教授にも悩みはあるようです。それは奥さんと娘さんには"なんかマニアックな研究やってるみたいで、よく分からない。"とあまり理解されないことなのだとか。 そんな"孤独"に耐えて研究を続ける細野教授の今後の研究成果に期待しています!

細野秀雄

Profile

教授 細野秀雄

  • 専攻は無機材料科学(特に新材料探索)。
  • 現在、元素戦略研究センターのセンター長としても活躍している。

(2007年取材)

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