光ドミノ効果

わずかな光で物質が
劇的に変わる光ドミノ効果

物質内の相互作用を利用して、1つの光子で多数の原子や分子を変化させる「光誘起相転移」という現象。微弱な光をきっかけに、物質全体の性質を大きく変化させることから“光ドミノ効果”とも呼ばれる。光で物質の性質を変化させることは、現代の物質科学における重要なテーマだが、従来の研究では1つの光子で変化させられる原子や分子はおおむね1つ。光の影響が局在的で限定的なため、例えば高感度の光メモリーなどをつくることが難しかった。

「光ドミノ効果 光で原子、分子をコントロールし“未知の物質”への扉を開く!

社会や産業の発展は、ある面で新たな物質、材料がけん引してきた。
なぜなら、それが各種製品やデバイスの進化を支えているからである。
「光誘起相転移」も、新物質の開発において世界が注目する現象のひとつだ。

氷のように固まった電子が
光で一気に溶ける!

(EDO-TTF)2PF6という有機結晶は、室温付近で物質内の電子が氷のように結晶化し、通常は電気が流れない。ところがこれに光を当てると、“電子の氷”が瞬時に溶けて電気を通すようなる。さらに、それにともなって結晶の色合い(反射スペクトル)が超高速で変化することも確認された。そのスピードは、10兆分の1秒以内。現在の電気的スイッチの切り替えスピードが100億分の1秒程度であることから、超高速光スイッチの材料としても期待される。

氷のように固まった電子が光で一気に溶ける仕組み図

1個の光子が物質全体の性質を変える

長方形のピースが次々に倒れ、絵を描いたり、何かの仕掛けを動かしたり...。皆さんも、テレビなどで「ドミノ倒し」を見たことがあるだろう。ドミノ倒しの醍醐味は、“1つの小さなきっかけが、大きな変化を生み出すこと”だ。最初のピースを指先で押すと、まさに連鎖的にピースが倒れ、様々な動きを見せてくれる。これが面白い。

「実は、そんなドミノ倒しと似た現象が原子や分子の中でも起こることがあるんです」というのは、大学院理工学研究科物質科学専攻の腰原伸也教授だ。「1個の光子、つまり光の粒子を物質に当てると、それが契機となって物質全体の性質が大きく変化していく─。私たちの研究室では、そうした『光誘起相転移』という現象が起こる物質を世界に先駆けて発見しました。従来の研究では、1つの光子で変化させられる電子はおおむね1つ程度。変化が全体に波及する物質は知られていませんでした」

測定に不要な色の光を遮るための各種フィルター類 非線形光学効果により様々な色に変えたレーザー光から、測定に不要な色の光を遮るための各種フィルター類。

相転移とは、「物質がある“相”から別の“相”へと移ること」。身近な例では、氷が溶けて水になる現象もそのひとつだ。氷から水への変化の要因は温度だが、こうした相転移を「光」で引き起こすのが文字通り光誘起相転移である。

この新現象を提唱した腰原教授は2014年、ドイツでもっとも栄誉のある科学賞、フンボルト賞を受賞した。ノーベル賞の登竜門ともいわれるこの賞が、光によるドミノ倒しを評価した理由は、それが従来にない画期的な材料への扉を開くものだったからだ。

例えば、情報通信機器や電化製品、化学製品など、私たちの身のまわりのものは、半導体や絶縁体、超伝導体といった多様な材料、物質に支えられている。そのため物質科学の分野においては、新たな優れた材料の開発や、それにつながる発見が重要な使命なのである。

「そうしたなかで私たちが着目したのが、光の働き。その刺激により物質の特性を、ダイナミックかつ瞬時にコントロールできれば、効率性や動作スピードなど、様々な面でメリットを持った材料をつくることが可能なのです」と腰原教授は言う。

絶縁体が光で瞬時に伝導体に

具体的な事例で説明しよう。ビッグデータの時代ともいわれるなか、コンピュータによる情報処理のスピードをいかに高速化していくかは、重要なテーマだ。現在は一般に、「電子」の動きを使って回路のオン・オフを切り替え、高速演算を行っているが、実はこの電子を「光」に置き換えられれば理想的だ。なぜなら光より高速なものはないからである。

「例えば、コンピュータの頭脳であるCPU。その処理速度はHz(ヘルツ)で表されますが、現在最新の製品だと3ギガHZとか4ギガHZの性能があります。これは、1秒間に30億回とか40億回、オン・オフの切り替えができるという意味。ところがこれを光そのもので行うと、テラHZレベルにまで一気に高められます。つまり、1秒間に何兆回もの切り替えが可能になるのです」

腰原教授の研究室では、すでに10年以上も前、光を当てると10兆分の1秒以内という超高速で、絶縁体から電気が流れる伝導体となる物質を発見している。この研究をまとめた論文は、科学誌「サイエンス」にも掲載されたが、腰原教授自身、当初は常識を超えた実験結果に目を疑ったという。

馬ノ段さんの扱っている強誘電性の有機物試料

馬ノ段さんの扱っている強誘電性の有機物試料

馬ノ段 月果さん

大学院理工学研究科
物質科学専攻 修士1年
(取材当時)

馬ノ段 月果(うまのだん・つぐみ)

実験データなどを細かく分析し、事象の“原理”を探っていけるのが基礎研究の面白いところ。応用研究の種になるような発見ができればと思っています。様々な有機物で実験を行い、物質による現象の違いなどを詳しく調べています。

「実験を担当していた学生が報告に来たとき、初めは『きっと何かの計算ミス、割り算の桁数でも誤ったんだろう』と思いました。しかし再度検証しても、間違いない。実験の対象にしていたある有機結晶はレーザー光線を当てると、氷のように固まった電子が、まさにドミノ倒しのように一気に溶け、超高速で伝導体に変化したのです。そのときの衝撃を今も忘れられません」

その後、光誘起相転移は世界各国の大学や研究機関で研究され、現在では無機結晶を含めて同様の変化をする物質が数多く発見されている。加えて、それを光デバイス材料とする応用研究も進行中である。

A10兆分の1秒での時間分解分光測定に用いる光学系の一部

B再生増幅型フェムト秒パルスレーザーの動作確認のために、光パルス増幅過程を観測。

C時間分解分光測定に用いる光パルス(繰り返し1キロHz)のタイミング調整 A:10兆分の1秒での時間分解分光測定に用いる光学系の一部。/B:再生増幅型フェムト秒パルスレーザーの動作確認のために、光パルス増幅過程を観測。/C:時間分解分光測定に用いる光パルス(繰り返し1キロHz)のタイミング調整。

生命現象の謎を解明

光誘起相転移の活用領域は、情報処理の分野だけではない。例えばそれは、エネルギーの分野でも注目の的だ。実際、太陽光をより素早く、効率的に電気に変換する材料の開発プロジェクトなどが、すでに各所で進められている。次世代太陽光発電の開発においても、光によるドミノ倒しが鍵を握っているのである。

こうして光による相転移が多様な可能性を見せるなか、腰原教授のグループは、もうひとつ重要なテーマに取り組んできた。それは、光誘起相転移のメカニズムを観測する装置の開発だ。

「光の刺激でその特性を変化させる物質が見つかったとなれば、その具体的な仕組みを解明することが私たちのような基礎研究を担う者の役割です。単に現象を確認しただけで構造がわからなければ、具体的な活用は難しい。光によるドミノ効果が、どのようなメカニズムで起こっているかを明らかにできれば、それは新たな物質をデザインするのにも役に立つわけです」

そこで腰原教授らは、レーザー光線と粒子加速器を使った“撮影装置”を独自に開発した。少し専門的になるが、粒子加速器で電子を光速に近くなるまで加速。そこから放射されるX線を、レーザー光で相転移を起こした物質にあて、ピコ秒単位で連続撮影するというのが、その仕組みだ。

「ピコ秒とは1兆分の1秒のこと。光でもわずか0.3mmしか進みませんが、分子や原子の動きを探るには、やはりこうしたレベルの実験が必要です。誰もやったことがない実験ですから、装置から自分たちでつくることになりますね」と腰原教授は笑顔を見せる。

実はこの装置では、ある生命現象の解明にも成功している。それは、筋肉の中にあるミオグロビンというたんぱく質の働きだ。もともとミオグロビンが酸素や一酸化炭素を貯蔵し、筋肉に供給しているとは考えられていた。しかし、詳細に観察してもその通路が見つからない。一酸化炭素などが、“密室”ともいえるミオグロビンの中をどう移動しているのかが謎だったのだ。

それならば、とミオグロビンにレーザー光を照射し連続撮影してみると―。一酸化炭素を貯めている穴が次々に変形し、互いにつながり通り道をつくる様子がはっきりと見て取れた。レーザー光の刺激がきっかけとなり、たんぱく質を構成する分子がドミノ倒しを起こしたのだ。一酸化炭素がミオグロビン内を移動する様子をとらえたのは、世界初の快挙だった。

たんぱく質の中を一酸化炭素が移動する様子の撮影に成功

レーザー照射前
レーザー照射前
300分後
300分後
450分後
450分後
810分後
810分後

上の写真は、筋肉にあるミオグロビンというたんぱく質の中を一酸化炭素が移動する様子を撮影したもの。これまでミオグロビン内の穴を観察すると、ひとつひとつが独立しており、貯蔵された一酸化炭素がどのように移動するのかわかっていなかった。腰原教授らは、これにレーザー光を当て、たんぱく質内の穴を次々につなげることに成功した。本来、体内ではガスの働きによって穴がつながるが、その現象を光ドミノ効果によって人工的につくり出したのだ。

新たなものの見方や視点を提示する

「ひたすら『新しいものを覗きたい』と興味の赴くままに基礎研究に邁進してきました」と言う腰原教授だが、まさに前人未踏、一貫して道なき道を行くエネルギーは、どこから生まれるのだろうか。

「目から鱗が落ちる、という表現がありますが、そうした経験が私の原動力。これを一度経験するとやめられないんです(笑)。光誘起相転移を初めて目の当たりにしたときもそうでしたが、その前と後では、ものの見方ががらりと変わる。その感動や驚きが次への研究に向かう力になっています。またもちろん、自分だけでなく、周囲の人たちのあっと驚く顔を見るのも大きな励み。基礎研究の大事な役割は、新しいものの見方や視点を提示することだと思っていますから、それを実現できたときは心から嬉しいですね」

そんな腰原教授の目下の研究のターゲットは、光誘起相転移における電子の動きを解明することだ。分子、原子レベルの動きがある程度見られるようになった今、次なる対象は、それよりもずっと小さく軽い電子へと移行している。

光誘起相転移の可能性を探っている試料のひとつ

光誘起相転移の可能性を探っている試料のひとつ

成瀬 卓さん

大学院理工学研究科
物質科学専攻 修士1年
(取材当時)

成瀬 卓(なるせ・すぐる)

セラミックスを対象に、相転移の実験を重ねています。身近な光で、物質の新しい可能性を引き出せるのが研究の魅力。与えられた課題を解くだけでなく、自身で実験の方針や目標を考えることで、社会に出ても役立つ力が身についていると感じます。

「これを1兆分の1秒、10兆分の1秒の単位で確認することができれば、それこそまた、大きな鱗が目から落ちることになるでしょう。実際、ドイツではこれを国家的なプロジェクトとして取り組んでいますし、すでに世界中の研究者が様々な方法を試しています。容易なことではありませんが、『新しいものを覗きたい』の精神のもと、なんとか私たちの手でいち早く成し遂げられればと思います」

学生に対しても、“何より発見する喜びを大切に”と説く腰原教授。研究室のメンバーと一丸となった挑戦は、まだまだ続きそうだ。

腰原 伸也教授

Shinya Koshihara 腰原 伸也教授

大学院理工学研究科
物質科学専攻(取材当時)

1985年、東京大学大学院理学系研究科修士課程修了。1986年、東京大学理学部助手。1991年、博士(理学)取得(東京大学)。理化学研究所フォトダイナミクス研究所研究員などを経て、1993年に東京工業大学助教授。2000年より現職。

(2014年取材)