HCI 人間×コンピュータの相互作用

HCI 人間×コンピュータの相互作用

情報処理技術とものつくりの力で描き出すコンピュータ・サイエンスの世界

いまや社会インフラとして、必要不可欠の存在となったIT。コンピュータの知識や技術は、限られた人だけが持てばよいものではなく、いかなる分野においても求められるスキルとなっている。今回紹介するのは、そんなコンピュータと人間の未来を探る意欲的な試みだ。

小池英樹教授

1986年、東京大学工学部舶用機械工学科卒業。1991年、東京大学工学系研究科情報工学専攻博士課程修了。電気通信大学大学院情報システム学研究科教授などを経て、2014年より現職。Vision-based HCI、Digital Sports、情報の視覚化などを研究する。

サッカーボールとギター
音楽とサッカーが趣味の小池教授。「研究には想像力、応用力が必要。遊び心も大切です」

Hideki Koike 小池 英樹教授

大学院情報理工学研究科 計算工学専攻(取材当時)

誰もが簡単に操作できるコンピュータ

HCIは、Human Computer Interactionの略。直訳すれば「人間とコンピュータの相互作用」という意味だ。
これまでもコンピュータの入力方法やディスプレイの形状は大きく進化を遂げてきた。例えばごく初期のコンピュータでは、キーボードでひとつひとつプログラムを打ち込んでいたのが、やがてマウスなどによる操作に変わり、今では画面に触れて操作するタッチパネルや音声入力なども登場している。ともなって特別なデータセンターだけで使われていたコンピュータは、オフィス、家庭、さらに個人ツールとして活躍の場を広げることになった。大学院情報理工学研究科計算工学専攻の小池英樹教授は、こう付け加える。
「コンピュータの操作方法が感覚的にわかりやすく、シンプルなものになれば、より多くの人々の手によって人間とコンピュータの新しい関係がつくられていくと思うんです。だから私は、誰もが自然に使えるインターフェース、システム構築を目指してHCI研究に取り組んでいます」

アイデアはまず形にしてみる

小池教授の数ある研究テーマの中でも、長きにわたり続けているのが、コンピュータ・ビジョン(ディスプレイ)を用いて人間の動きを認識し、操作できるようにするVision-based HCIだ。
Vision-based HCIに採用するディスプレイについても、床や壁、天井や空中、霧や煙、発泡ビーズなど、新たな可能性を探ってきた。その中のひとつ、「水」をディスプレイに仕立てたのがAquatop Displayである。お風呂などの水槽に張られた水を入浴剤で白濁させることで、水面にクリアな映像を映し出し、その水面をタッチパネルのように使うことを可能にしている。操作に用いるのは、「水面から指を出す」「出した手をスライドする」「水をすくう」「水面を叩く」という入浴中ごく自然に行う4つの動きのみ。子どもでも簡単に操作することができ、水中に設置された防水スピーカーによって、水を吹き上がらせるなどの華やかな演出もあるAquatop Displayは、海外の展示会でも好評を博した。
「「視認できる動作の種類を増やすことはできますが、数は少ないほうがユーザーも覚えやすく、処理スピードも早くなります。簡単な動作で、様々な操作ができるインターフェースづくりを心がけました。身ひとつで操作できて、湯船に浸かりながら水濡れの心配もなくビデオやゲーム、ネットなどを楽しめたら、そんなイメージを形にしています」
アイデアが浮かんだら可能な限り早く形にしてみる「Rapid prototyping」がこの研究室の信条。試してみることでこそ見えてくる問題点があるからだ。そこでトライアル&エラーを繰り返しながら理想に近づけていく。
「学生たちに『電気の性質は感電してみればわかる』などとよく冗談で言うのですが、経験を積まないと研究のセンスも磨かれていかないと思うんです」

Aquatop Display

Aquatop Displayイメージ

お風呂などの「水面」をタッチパネル化するAquatop Displayの仕組み(下図)。動作の認識に使うのは、奥行きを測れるKinectという深度カメラ。入浴剤で水を白濁させることで、映像を映しやすくする、水面の位置を検知し動作認識をしやすくするという2つの効果が得られる。水中に仕込んだ防水スピーカーを使って水を振動させたり吹き上がらせるといった3次元の演出も可能だ。

Aquatop Display

高度な情報処理技術で問題をクリア

Aquatop Displayのスピーカーユニットなど

Aquatop Displayのスピーカーユニットなど

Aquatop Displayのスピーカーユニットなど、市販されていないものを自作する。研究室にはボール盤やオシロスコープなど製作用の機械・材料が揃う

ここ数年は、Digital Sportsと呼んでいる分野にも熱心に取り組んでいる。ボールの中にCCDカメラを埋め込み、ボール視点からの映像を配信するというありそうでなかった機器を開発し、よりリアルなスポーツ中継への道を開いた。
「これは、アイデアとしては誰でも考えるかもしれません。ただ、競技中のボールは、例えばアメフトなら1分で600回転など、どれも激しく動いている。単に撮影するだけでは、空とフィールドの映像がめまぐるしく切り替わる、見にくい映像になってしまうので、必要なフィールドの映像だけを選び出し、見やすいものに処理していくわけです」
「特徴点抽出」という手法を使い、画面上の一定のものを目印にして、その目印の入った画像をつなぎ合わせるように画像を抽出・編集していく。また、回転しているボールでの撮影では、映像が斜めに歪むローリングシャッター問題も起きる。このような問題を解決し、アイデアを現実のものとするには、高度な情報処理技術が必要となる。
入念なインターフェース設計、高度なアルゴリズム開発、ものつくりの力など、ソフト・ハード両面の技術を活かしながら、多くのハードルを越え、独自のアイデアを形にしているのだ。
「アイデアが浮かんで、それを実行に移す人を、仮に100人に1人としましょう。また、実行の過程では必ず壁に当たりますが、それでも諦めずに解決まで真剣に向き合うのはさらに100人に1人ほど。最終的にアイデアを実現できるのは、10,000人に1人程度だと思います。そうして生まれたものであれば、他の追随を許しませんよね」

セキュリティ

コンピュータの作動記録(ログ)などのデータ

小池研究室では、コンピュータの作動記録(ログ)などのデータを、わかりやすく図式化することでセキュリティ管理などに活かす、「情報の視覚化」の研究も行っている。膨大なログの中から、全体の0.01%以下に過ぎない不正侵入の痕跡を探し出すのは難しい。そこで、イレギュラーの発生箇所を図や色で見やすく示し、人間の感覚の中でも大きな役割を果たす「視覚」によって問題の所在を素早く直感的に把握できるようにしている。

コンピュータの新しい価値をつくる

大学院時代はVirtual Reality(VR/仮想現実)の研究室に所属していた小池教授。しかし、ヘッドマウントディスプレイなどの機器を身につけて仮想世界に入り込むVRより、実世界に情報を投影し、それを動かすAugmented Reality(AR/拡張現実)のアプローチのほうが、自然で魅力的に思え、その方面の研究に進んだ。
ARをテーマにまず取り組んだのが、Vision-based HCIだった。壁全体を画面にするような超大型ディスプレイの場合、タッチパネルなどの方法で操作するのは難しいが、Aquatop Displayのように人間の動作をカメラでとらえる入力方法なら、ライブ会場のような大空間に映像を投影し、観客の動作で操作することもできるかもしれない。あらゆる場所をディスプレイにし、表示と入力という2つの機能を融合させながら、かつてない体験を提供していく。
「パソコンのメモリが10年ほどで数メガが数ギガになるなど、技術は進化を続けています。現在の枠組みの中で1のものを1.1にしようと考えるのではなく、まずはゼロベースで実現したいことを考え、トップダウンでその方法を探り、まったく新しいものを生み出す。それが大学の研究者の使命だと思います」

幅広く吸収し研ぎ澄まされたアウトプットへ

まったく新しいものを生み出すために、幅広い分野の新技術に目を配り、アートなど異分野とのコラボレーションも積極的に行ってきた。
「アーティストの発想はやっぱりすごい。私はそれを実現することで応えるわけです。異分野の方とのコラボはとても刺激になります。学内でも生命系や材料系など、いろんなテーマがありますから、これからも協力の可能性を探っていきたいですね」
時代と共に、コンピュータの姿と役目は変わり続けていく。人間同士のコミュニケーションなら、見てほしいものがあればその方向を指差すなどして、わざわざキーボードなどは使わない。コンピュータの認識力を上げ、人の音声や動作をより正確にキャッチできるようにすれば、人間とコンピュータの間でもより柔軟なコミュニケーションができるようになるだろう。小池教授が現在並行して進める研究テーマである人間の視線による入力方法を使えば、そう遠くない未来に人間が見ている場所をコンピュータが把握し、そのとき必要とされる情報を表示するといったやりとりが実現できるかもしれない。
「これは私見ですが、コンピュータはいずれ人間の身体の各部位の機能を強化したり、ハンデを補ったりするものにも進化していくと思います」
新しい社会の様相を期待させるコンピュータ・サイエンスの世界。小池教授がどう追究していくかに注目だ。

PACPAC

「PAC PAC」は、動作視認システムの成果を、ユニークかつわかりやすく示したゲーム

「PAC PAC」は、動作視認システムの成果を、ユニークかつわかりやすく示したゲームだ。テーブル状の大型液晶ディスプレイに表示される敵を、弾で打ち落としていく。人間の指をはじくという動作を画面上方に設置したカメラで検知する。画面のどの位置からでも参加でき、数十人の同時プレイが可能。多人数の動きを瞬時に解析・処理し、弾を発射するアルゴリズムづくりが鍵。

船越稜平さん、宮藤詩緒さん

左/船越 稜平(ふなこし・りょうへい)

工学部 情報工学科 4年(取材当時)

ボールに複数のカメラを入れ、一定方向の画像だけを抽出したり、360度の動画をつくる研究をしています。この研究室では、プログラム設計はもちろん、実際にデバイスを自分でつくることもセット。ものつくりの部分も面白いです。

右/宮藤 詩緒(みやふじ・しお)

工学部 情報工学科 4年(取材当時)

「物体の実時間追跡と実時間投影」が研究テーマ。投げた物体をカメラで捉え、映像を投影します。投影したい物体が動く軌跡を計算で予測するのがポイントで、発泡ビーズなどを使った3次元ディスプレイに応用できたらと思っています。

人間が指をはじく動作

人間が指をはじく動作を「」から「」への変化として認識。「PAC PAC」では、手の付け根と円の中心の2点を検知し、2点を結んだ直線上に弾を発射する仕組みだ

(2014年取材)