環境材料―界面科学で地球を救う―

環境材料 界面科学で地球を救う

松下祥子准教授 中島章教授 磯部敏宏助教

環境問題は人類共通の課題。
未解明の部分も多い「表面/ 界面科学」からのアプローチで、
これまでになかった材料をつくり、
地球環境を大きく改善する新しい可能性を探る。
そんな材料科学のフロンティアを切り開く研究が進められている。

大学院理工学研究科 材料工学専攻

Akira Nakajima 中島 章教授

(写真中央)

1985年、東京工業大学無機材料工学科卒業。1987年、同大学院無機材料工学専攻修士課程修了。日本鉱業株式会社での勤務を経て、1997年 ペンシルバニア州立大学大学院材料科学専攻博士課程修了。東京大学先端科学技術研究センターなどを経て、2003年、東京工業大学助教授。2009年より現職。

Sachiko Matsushita 松下 祥子准教授

(写真左)

1996年、東京大学工学部卒業。2000年 同大学院工学系研究科応用化学専攻博士課程修了。理化学研究所基礎科学特別研究員、同フロンティア研究システム研究員、日本大学文理学部物理生命システム科学科准教授などを経て、2010年より現職。

Toshihiro Isobe 磯部 敏宏助教

(写真右)

2003年、名古屋工業大学大学院修士課程修了。2006年、東京工業大学大学院博士後期課程修了。2006年、国立研究開発法人産業技術総合研究所産総研特別研究員。2008年、東京工業大学材料系グローバルCOE特任助教。2010年より現職。

環境材料の研究に、「表面/界面」からアプローチ

温暖化や大気汚染・水質汚染といった地球環境問題がいよいよ深刻化するなか、対策の切り札となる新技術への期待が高まっている。この環境問題の改善・緩和に“材料”の視点から取り組んでいるのが、大学院理工学研究科 材料工学専攻の中島・松下研究室だ。

「“環境材料の研究”というと、リサイクルしやすい材料や自然に分解される材料など、環境に調和した材料を開発することだと思う人が多いかもしれません。でも役割は、実はそれだけに留まらない。例えば大気中や水中にある有害物を分離・分解したり、微量有害物の測定を可能にしたり、CO2の排出抑制や省エネルギーに役立ったり―。こうした環境問題に直接貢献できる材料の開発や、省エネルギー化を実現するプロセスの研究は、すべて環境材料の研究であると私たちは考えています」

この非常に広範な研究を進める上で、中島・松下研究室が着目しているのが「表面/界面科学」のアプローチだ。物質の表面/界面は光・熱・電子などとの直接的な接点であり、様々な化学反応が起こる「場」でもある。その構造や組成を上手く制御すれば、固体に本来はない性質を付与したり、固体が持っている性質をさらに高めることが可能になる。

「物質の表面は外界とのインターフェースであるため絡む要素も多く、また内部とは異なる構造を持つことも珍しくない。ミクロの構造の違いが目に見えるマクロな機能の違いとして出るという特徴もあります。そこが研究の面白さでもあり、難しいところでもありますね」(中島教授)

そうした特徴から、近年では物質の電子構造に基づくナノレベルの研究が主流となっており、原子の挙動や安定性までに踏み込んだ研究で多くの成果が生まれているという。

「ものつくり」と「評価」を両輪に新素材を作製

中島教授が主に扱っているのは、環境浄化光触媒や撥水・親水材料だ。例えば光触媒である酸化チタンは、光が当たると地球上のほぼすべての有機系有害物を二酸化炭素と水に分解し、大気や水を浄化する。また、水をはじく撥水材料は、環境材料として幅広い可能性を持っている。

「超撥水の『物が付着しない』という性質を上手く応用すると、摩擦や熱によるエネルギーの損失を防ぐことができます。例えば船の壁面を加工すれば、造波抵抗が減るため燃料を節約でき、また工場機器などのパイプの内側に水や油が付着するのを防げば、効率良く物質を運べるようになって余計な電力もかからないわけです」(中島教授)

金属酸化物を用いた多孔質球状粒子。一見すると白色の粉末だが形状は球状で、表面から内部に10nm 程度の孔が無数に空いている。有害物の吸着能力に優れ、紫外線照射下で光触媒作用により、吸着した有機系有害物を効果的に分解することができる。

金属酸化物を用いた多孔質球状粒子。一見すると白色の粉末だが形状は球状で、表面から内部に10nm 程度の孔が無数に空いている。有害物の吸着能力に優れ、紫外線照射下で光触媒作用により、吸着した有機系有害物を効果的に分解することができる。

では、この超撥水はいかにして実現されるのだろうか。自然界にはハスの葉の上などで水滴が転がるという現象がある。これは葉の表面にある微細な凸凹に水をはじく働きがあるため。そこで様々な有機・無機材料の表面に凸凹をつけて水をはじく力を上げ(図1)、さらに撥水性の高いフッ素系、アルキル系の物質などをコーティングしていく。極めて小さいサイズでの凸凹構造の制御とコーティング剤の選択、配合、コート法などがポイントになる。

図1 表面の凸凹による撥水状態の違い
図1 表面の凸凹による撥水状態の違い

撥水表面が凸凹になると、表面と水滴との間に空気が噛み込むようになる。その結果、実際に水滴が表面に接している面積は大幅に小さくなり、ほとんど抵抗なく転がるようになる。高い撥水性を示す植物の葉(ハスなど)の表面を電子顕微鏡で見てみると、こうした凸凹が何重にも組み合わされた複雑な形になっていることが確認できる。

研究の過程で要になるのは、「ものつくり」と「評価・解析」だ。 「狙った機能を出すために、試料を細かくしたり、緻密に配列して狙った組成・構造の材料をつくる。このものつくりの部分は研究に欠かせません。また、研究を進める上では、つくった材料を評価するという部分も大切。日本の材料工学が世界をリードしているのは、評価技術が優れているのも理由の一つです。私がかつて米国へ留学して驚いたのは、向こうの評価装置がほとんど日本製だったことでした。日本では装置のねじ1本から自前で製作できる。当研究室でも、物体表面での水滴の挙動を調べるため、アルゴリズム開発なども含め、2年がかりで評価装置を自主設計しました」(中島教授)

新しい熱電発電とCO2分離法で温暖化を抑制

図2
図2

松下祥子准教授の研究テーマは、エネルギー変換や、ナノ光学を利用した有害微量物質のセンシングなど。なかでも注力しているのは、化学反応を利用した新しい熱電システムの開発だ。

「半導体に熱を加えると、マイナスの電荷を持つ電子と、プラスの電荷を持つ正孔が界面に発生します。一般的な熱電発電では、半導体の一方を高温、一方を低温にし、電子と正孔の流れをつくり、それを上手くコントロールして発電を行います(図2)が、この方法だと温熱源のほかに冷熱源も必要になり、発電に必要なエネルギーも増えれば設置場所などの制約も大きくなる。そこで化学的に電子の流れを生み出す材料ををつくり、高温の場所に設置するだけでエネルギーを取得できるようにしたいと考えました。界面科学ではナノレベルで研究を行うのですが、物質は小さくなると不安定になり、高温になればさらに不安定さが増します。上手く安定した状態を保てるよう苦心しています」(松下准教授)

一方、磯部敏宏助教が力を入れているのが、多孔質セラミックスを使ったCO2分離技術の開発だ。セラミックスにナノレベルの孔を多数空けてスポンジ状にし、孔の表面をべーマイト(一水和アルミニウム酸化物)でコーティングすることにより、運動しているN2(窒素)とCO2の移動スピードの差を利用して分離を行う(図3)。この技術は、現在注目されているCO2の地下貯留や海底貯留、再利用といった計画の肝になるものだ。

「大気中にあるCO2を分離・回収するのはコスト面からも困難ですが、発電所などからCO2が放出される前に分離できれば、短期間でCO2の排出を大幅に削減できます」(磯部助教)

図3
図3

これまでもポリマー性の分離フィルタなどはあったが、熱に弱く発電所などで使うのは難しかった。熱に強いセラミックフィルタならそれが可能になる。

「周期表のすべての元素を扱えるのがセラミックス研究の特徴です。有機材料や金属などの素材に比べると研究の歴史が浅いぶん、発見の余地が多いのも魅力ですね」(磯部助教)

固体表面を水滴が転落する速度を調べるため、独自に設計した評価装置(液滴転落挙動解析システム)。側方と上方に設置した2 台のハイスピードカメラを同期させ、水滴の形状変化も測定。アルゴリズム開発も含め約2年かけて設計した。

固体表面を水滴が転落する速度を調べるため、独自に設計した評価装置(液滴転落挙動解析システム)。側方と上方に設置した2 台のハイスピードカメラを同期させ、水滴の形状変化も測定。アルゴリズム開発も含め約2年かけて設計した。

左:表面/界面とプローブ間に働く弱い力を検知するためのセットアップ装置。 右:表面/界面の微細な構造や電位分布を、小さな針(プローブ)を使って計測評価する装置。

左:表面/界面とプローブ間に働く弱い力を検知するためのセットアップ装置。
右:表面/界面の微細な構造や電位分布を、小さな針(プローブ)を使って計測評価する装置。

環境改善への熱い思いでつながる

研究をする上で3人の先生が心がけているのは、周辺領域を幅広く勉強し、現場に目を配ることだ。例えば実験を行っている学生の話も、起きている現象の本質を掴む上で大いに参考になるという。もうひとつ共通しているのは、粘り強く前向きに研究に取り組む姿勢だ。

「苦労して材料をつくっても、狙いとは違った性質が出てしまうことは多々あります。そうしながらも研究を続けていると、『この問題について、自分が世界で初めて理解できた』と思える瞬間が来る。ただ、その瞬間は待っているだけでは訪れません。諦めなければ研究は必ず前進する、と信じて努力を続けることが大切ですね」(中島教授)

ハードな研究の日々のなかで前向きな姿勢を保ち続けていられるのは、「環境を良くする」という熱い思いを共有しているから。松下准教授も、「毎日、宝探しのような試行錯誤を続けているとくじけそうになることもありますが、そんなときも娘の笑顔を見ると、『この子たちが安心して暮らせる環境を』と考えて研究に力が入ります」と語ってくれた。

人間の強さの源のひとつは、科学や技術を持っていること。科学者が諦めてしまったら、人類の歩みがそこでストップしてしまう--。中島・松下研究室のメンバーは、そんな使命感を持って環境問題に取り組んでいる。共通テーマである表面/界面科学の特徴は、ミクロな違いがマクロな機能の違いを生み出すこと。東工大の研究室という、いわばミクロな場所での研究が触媒となって、地球環境の改善というマクロなテーマに大きなインパクトを与えられるように、これからも研究は続いていく。

Student Interview

鶴岡 あゆみ

Student Interview

鶴岡 あゆみ(つるおか・あゆみ)

大学院理工学研究科 材料工学専攻
修士1年(取材当時)

熱による新しい発電を研究
高温での化学反応を利用した発電方法の研究をしています。 3種の異なる性質を持つ試料を接合する界面制御が難しく、海外の文献なども参照しながら試行錯誤しています。
地球環境問題に貢献できるやりがい
環境浄化やエネルギー問題に貢献できる研究がしたいと考えていたので非常にやりがいがあります。卒業後も、温暖化の解決に役立つ研究・開発を企業などで続けたいです。

高橋 宏和

高橋 宏和(たかはし・ひろかず)

大学院理工学研究科 材料工学専攻
修士1年(取材当時)

チタン製フィルタで水と油を分離
チタンの表面に微細な孔をあけたメッシュ状構造の作成と、その特性の研究をしています。表面に水をはじく疎水性の物質を塗ることで、水と油を分離するフィルタをつくることもできます。
ものつくりの結果を目で見られる
データの計算だけでなく、実際にものつくりをしてその特性を調べられるのが面白い。水と油がフィルタできれいに分離されるなど、実験の成功が目に見える形で現れると嬉しいですね。
実験中の鶴岡さんと高橋さん

(2015年取材)