サイエンスな材料

サイエンスな材料 社会に役立つ東工大的錬金術

プラスチック、セラミック、ガラスなど、私たちの生活空間のいたるところに存在する材料。そんな材料の研究は、現代の"錬金術"ともいわれています。材料研究が錬金術といわれる、その理由とは?

  • A フェライト

    フェライトは、東工大が世界に先駆けて発明した磁性材料。PCケーブルなどのノイズ除去やICカード(Suicaなど)のリーダーに使われています。

  • B ポリアセチレン(ポリアセン)

    白川英樹博士が東工大の研究室で発明した電気を通すプラスチック、ポリアセチレン。さらに改良を加えたポリアセンが携帯電話の電池等に使われています。

  • C ビタミンB2

    ドリンク剤などの黄色い成分。
    東工大で初めて人工的に合成することに成功しました。

  • D 麦(バイオ燃料)

    CO2の総排出量を増やさない次世代燃料として注目されているバイオ燃料。
    その原料は麦や大豆など。

新しい価値をつくり出すことのできる研究

錬金術とは、中世ヨーロッパで盛んに行われていた鉄や銅などの金属から、化学実験によって金をつくりだそうとする技術だ。近代科学の父と呼ばれるニュートンも錬金術の研究をしていたことが知られています。しかしこれは狭義の錬金術です。

広義の錬金術とは、物質の性質を変化させ、価値のあるものをつくりだすこと、つまりこれまでにない物質や新しい価値、概念を生み出すことです。東工大の「材料研究」が目指しているのは、まさにそれなのです。

私たちの身のまわりにあるプラスチックや半導体、セラミックス、ポリ袋など、人々の生活に必要不可欠となった材料たちは、人間によって錬成された"金"といえるでしょう。

逆転の発想で落ちこぼれ試料が"金"に

逆転の発想で落ちこぼれ試料が"金"に

理工学研究科の腰原伸也教授は、有機結晶物質「(EDO-TTF)2PF6」を超高感度・超高速の光応答材料に変身させました。この物質は超伝導体(※)としては"使えない材料"との烙印を押されたものでした。

「超伝導にならないということは、逆に絶縁体になっているということなのでは?光の応答でなら役に立つかもしれない」。腰原教授はそんな逆転の発想でこの物質に向き合いました。

「光に対する応答を調べるために、レーザー照射を行うと、ほんのわずかな光でも超高速で変化を起こすことがわかりました。満員電車のように動けない状態の電子に光がいわば隙間をつくるよう作用したことで、ドミノ倒しのように電子が一斉に動き出したわけです」。たった1個の光子で約500分子が変化し、0.2ピコ秒(ピコ=1兆分の1)という早さで反応するこの物質は、新たな光通信用デバイス材料として期待されています。

逆転の発想で落ちこぼれ試料が"金"に

腰原教授がレーザー照射で物質を操る光誘起相転移を材料研究で始めたのは、25年も前のこと。当時は見向きもされなかったこの研究も、現在では世界中の研究者が取り組むものとなりました。

「最初に研究を始めた人が死ぬ頃になって、2代目3代目の研究者がノーベル賞級の発見をすることが多い。この分野でも私がお墓に入る頃までにノーベル賞級の人が出るでしょう」と語る。腰原教授が材料研究の場に照射した光は、ドミノ倒しのように、未来に広がりを見せているのです。

超伝導...ある物質を超低温状態にした時、電気抵抗がゼロになる現象。この現象が現れる物質を超伝導体という。

Laboの紹介 : Koshihara Labo

  • 理工学研究科 物質科学専攻 教授 腰原 伸也 (こしはら・しんや)

    理工学研究科 物質科学専攻 教授

    腰原 伸也 (こしはら・しんや)

    主な研究は光物性、その中でも光で起こす相転移分野の研究。
    電荷移動錯体と呼ばれる有機化合物にレーザー光を当てると、
    ドミノ倒しのような"超"高速反応を起こすことを発見。

  • 学生に聞きました 腰原先生ってどんな人?

    深澤直人さん 大学院理工学研究科 物質科学専攻 博士課程2年 腰原・沖本研究室 (取材当時)

    「先生はこの分野を拓いたパイオニア。学会では腰原研究室だというだけで一目置かれます。普段はジョーク好きで、裏表のない先生です。」

    深澤直人さん

    大学院理工学研究科 物質科学専攻 博士課程2年
    腰原・沖本研究室 (取材当時)

  • Laboの様子

    • Laboの様子

      光誘起相転移など、新しい研究分野を拓くためには、その装置も自分たちでつくり出す必要があります。

    • Laboの様子

      研究室には、戦時中においても自身の基礎研究の意義を後世に伝えようとした故牧島象二教授の博士論文が掲げられています。

重要なのは「気づく」ための基礎学力

重要なのは「気づく」ための基礎学力

電気を通すセメントや電気を通すガラス「透明酸化物半導体」、鉄の超伝導の発見など、次々と世界を驚かせる研究成果を発表しているのが、フロンティア研究機構の細野秀雄教授。

特に注目を集めているのが「鉄系超伝導物質」の研究。それまで"鉄は超伝導にならない"というのが常識でした。

「鉄の超伝導を狙って研究していたわけではありません。そういう意味でこの発見は半ば偶然半ば必然」と細野教授。しかし測定実験は超伝導の結果をキャッチするための万全の体制が敷かかれていました。

「銅酸化物の高温超伝導体は20年以上前から研究されていたし、まったく新しい高温超伝導物質が発見されてもおかしくはありませんでした。けれど1番目に発見するのと2番目では全然違う。誰よりも早くその成果にたどり着く発想や、科学の上での『気づき』は簡単には得られません」。

では、新発見を成し遂げるための『気づき』に必要なのは何でしょうか?
「いちばん重要なのは基礎学力」と教授は強調します。「基礎学力がなければ、それを見ても新しいのかどうかわからない。自分にとって新しくても世の中には新しくない、というのではなんの意味もない。世の中にとっても新しいかどうかを峻別できる力は、基礎学力によるものです」。

「いちばん重要なのは基礎学力」と教授は強調する。「基礎学力がなければ、それを見ても新しいのかどうかわからない。自分にとって新しくても世の中には新しくない、というのではなんの意味もない。世の中にとっても新しいかどうかを峻別できる力は、基礎学力によるものです」。

重要なのは「気づく」ための基礎学力

教授の発明を利用して実用化されたものに、大型液晶ディスプレイがあります。液晶に映る画像を動かすのはTFT(薄膜トランジスタ)ですが、従来のシリコン製TFTでは、70インチの大画面に、超高精細で、かつ1秒間に240枚もの画面を映し出そうとすると、処理スピードが足りず、残像が映ってしまいます。教授が発明した透明酸化物半導体は十分に対応可能な処理スピードを有し、その上製造コストも抑えて70インチ大型液晶ディスプレイを実現できるのです。

重要なのは「気づく」ための基礎学力

この技術の応用で近い将来、電車の窓ガラスをタッチパネル式のディスプレイにしたり、メガネのレンズにさまざまな情報を流したりすることも可能になるといわれています。産業界への経済効果は、なんと7兆円規模にも及ぶと見込まれています。

様々な機能をもつ新材料を次々と発見している細野教授ですが、特許の権利は国に帰属して、個人では持ちません。そして基本的にはどこの国にもオープンにするのが方針です。教授は言います。「基礎研究がより早く、より広く使われ、世の中を一変させるような、そういう例をつくりたいんです」。

Laboの紹介 : Hosono Labo

  • フロンティア研究機構 教授 細野 秀雄 (ほその・ひでお)

    フロンティア研究機構 教授

    細野 秀雄 (ほその・ひでお)

    ガラスの高性能透明トランジスタや鉄の化合物の超伝導を発見。
    これまで電気を通さないと思われてきた物質でも、超伝導体になることを解明。2009年紫綬褒章受章。

  • 学生に聞きました 細野先生ってどんな人?

    友田雄大さん 工学部 無機材料工学科 4年 細野・神谷研究室 (取材当時)

    研究室を迷っていた時に先生と直接話し、その情熱に触れたのが決め手に。すごい発見はあの情熱あってこそ。ちなみに研究室には猫のカレンダーが飾ってあります。

    友田雄大さん

    工学部 無機材料工学科 4年
    細野・神谷研究室 (取材当時)

  • Laboの様子

    Laboの様子

    透明酸化物半導体を世界で初めて使った3D液晶ディスプレイ。70インチの大画面ながら超高精細で240Hzという高速で駆動します。シリコン製TFTでは困難だったディスプレイを実現。

column: 生活を変化させた材料たち

  • アンモニア

    1910年頃ドイツの化学者ハーバーとボッシュは、初めて大気中の窒素を使ってアンモニアの合成に成功しました。アンモニアからつくられた肥料が、農作物の収穫量を大幅に増やし、増加する世界人口を支えることになりました。

  • ナイロン

    「鉄鋼より強くクモの糸よりも細い」というキャッチフレーズで登場したナイロンは、女性用ストッキングに使われ、世界中に広まりました。日本の主要輸出品だった生糸は大打撃を受けましたが、製糸場の女工たちを厳しい労働から開放したという一面もありました。

(2010年取材)